「法医学教室の出入り口を訊いて、僕は門の見える校外の路地の陰に隠れて待った。着いたのは5時頃だった。それから日が落ちてきた。街灯が点いた。顔が見たいのに、暗いのは嫌だなと焦ったよ。そのうち親睦会で顔を知っているスタッフの皆んなが出てきた。でもユウくんと思える人はその中には居ない。しばらく僕は待った。もう彼らより先に帰ってしまったのか、それとも他の出口から帰ってしまったのかも知れないと僕は絶望的な気分になってきた。でも僕はどうしてもその場を離れられなかった。すると30分ほどして駐輪所から音がした。ハッとして路地から覗くと、誰かが自転車を引きながら門の間から出てきた。その顔を見た瞬間、僕は雷に打たれたようにその場で硬直したまま動けなくなってしまった。だってそれは…」
さっきまで泣いていたとは思えない、クククッという場違いな笑いが聞こえた。
「ユウくん、そのものだった」
ドクター清水はそれからしばらく我慢できないといったような顔で笑っていた。途中から笑うのを止めるために手の平で自分の口を塞いだが、その手の平の下からくぐもった笑い声が溢れてきて、どうしても止まらないようだった。そしてそれが止まった時に、彼はまた泣いていた。
「ユウくんは大人になってた。でもあの動画の中のユウくんはその大人の身体の中に失われていなかった。声を掛けるすべもなく、僕はその場で君が去っていくのを隠れたまま見てた。なぜだろう、苦しかったよ。狂おしいほどの愛しさで心が押し潰されそうだった。でも放心したまましばらく僕は動くことすら出来なかった。奇跡のように君を見つけて、駆け寄って抱きしめるはずの僕は、動くことすら出来なかった。どうやって君に近づいて良いのか、君を現実に目の前にした時、僕は全くわからなかったことに気づいた。その日以来僕はもっともっと苦しくなった。ずっと、ユウくんさえ見つかれば、歓喜や幸福な高揚感で包まれるって思ってたのに、実際は苦しみと焦燥の渦に叩き落とされたみたいだった。眠れなくなった。朝から晩まで夢の中に居るみたいだった。現実が非現実に変わった。日常がどこかへ消え去って、何をしていようが僕は君のことを考え続けてた。仕事場ではまるで何もないかのように振る舞っていても、家に帰った途端に気が狂ったみたいに一晩中悶え苦しんでた。食べることさえ忘れるほどね。そしてどうしたら君に近づいて、そして今までのことを言えるのか途方に暮れた。君が僕を拒絶したらどうしようと思うあまり、怖くて怖くてそのたびにパニックになった。それでも君に逢いたくて逢いたくて、岡本裕がどんな人なのか用事にかこつけて知ってる人に聞いて回った。佐伯君に話が聴けたのがいちばん僕にはありがたかった。彼は職場や警察関係の誰より、君のプライベートについて深く語ってくれたから…嫉妬で頭が割れそうになるほどね」



