「僕はまさかって…思ったよ。ユウって名前に過剰に反応してしまうだけなんだって、昂ぶる自分に繰り返し言い聞かせた。今まで何度も何度も名前から実物を確かめようとユウと付く名前の人には必ず会いに行ったけど、誰一人としてユウくんじゃなかった。ユウ、ユウイチ、ユウキ、ユウヤ、ユウジ、ユウト、ユウリ、ユウマ、ユウスケ、ユウタ…でも動画の君が何歳なのか、中学生なのか小学生なのか高校生なのかもわからなかったし、あの男から淫乱とか、誰にでも抱かれるとか聞いてしまっているせいで、児童ポルノとか出合い系サイトとか売り専の店とか…そういう関係のところばかり探していた。月日が経ってきて、年齢的にもハッテン場とか出合い系サイトに来てやしないかとか、児童ポルノじゃなくて、ゲイビとかに出てないかって勝手に範囲を決めてしまってた。でもユウくんはそんなところにはいなかった。まさか自分と同じ法医学を目指してるなんて、思いもしなかった…しかも…捨てたはずの自分の生まれた街に居るなんて…カケラも考えちゃ…いなかったよ」
彼は脱力したように顔を覆ったまま背もたれに沈んだ。
「やめたはずなのに…諦めようって決めてたはずなのにね…僕はその名前からまったく目が離せなくなってた。そして自分がこの法医学教室の岡本先生に逢いに行ってしまうことも、もう時間の問題だった。結局僕はなにひとつ諦められちゃいなかったんだ。自分の渇望から逃げただけ…いや…逃げてすらいないかもね。目を逸らしただけ…ダチョウが砂の中に頭を突っ込んで逃げた気分になってるっていう、そのまんま」
彼の両手が膝の上に落ちた。頬も指も涙で濡れていた。彼は話しながら、斜めにズレた眼鏡をほとんど無意識に指で押し上げた。
「でもそれはどうしようもない衝動に支配されていた。その支配はあの動画以来、いつもいつも僕の中心に居た。いつものように僕はその直後、君がいるかどうか業者を装って法医学教室に電話を掛けていた。女性が電話に出た。あれは今なら菅平さんだってわかる。『岡本先生は解剖中です』と言われた。それを聞いたとたん僕は挨拶もそこそこに電話を切り、適当な言い訳をでっち上げて夕方には病院を抜けだした。次の日すら待てなかった自分が滑稽で哀れだった。でも僕は…君の大学に向かった…オカモトユウという人を一目見たくて…ただそれだけのために」
途切れなく、吐き出すように話し続け、彼の声がだんだんかすれ始めていた。だが水を飲むことも忘れて、かすれた声のままドクター清水は取り憑かれたように話し続けた。



