僕を止めてください 【小説】




「でも僕は君を見つけた…信じられないけど、今、君が、ユウくんが…僕の目の前にいる……」

 自然にドクター清水の指が僕に伸びようとした。

「や、や…め…」

 ショック状態の中、全身に伝わるおぞけに僕は身をすくめた。それに気づいた彼は、悲しそうに微笑んでその手を僕に届く前に下におろした。そしてその手を握りしめ俯向いた。息が早く浅くなっている。頭の中はまだ這いずる虫で掻き回されたままだった。

「長かったんだ…ほんとに長かったんだよ…」

 そんな僕に構わずそう言うと、彼の目が再び潤んできた。僕の恐慌はまったく彼の話を遮ることはないのか? その無神経さが更に僕の震えを増幅した。胸が苦しい。力が入らない。震えが止まらない。首を絞めて落として欲しいくらいに。その慄きをようやく察したのか、ドクター清水が慌てたように僕に言った。

「ごめんね…また震えてるね…当たり前だよね、あんなこと。でも僕と君にあのとき何が起きたか、もう言葉で説明できる気が全くしなくて…あんなもの見せて本当にごめん…もしかしたら君はあの動画の存在を知ってるのかもってほんの少しだけ思ってた…でも違ったんだね。震えてる…それなのに僕は君を抱きしめてあげられない…でもそれも僕の自業自得だ…ごめん。僕がもっと忍耐が出来てたら、もっとゆっくり近づいて行けたら、もっと時間を掛けて関係を作っていけたら…もっと君が安心できる人間で僕がいられたら…」

 そんなこと思ってるなど知る由もなかった。それは言い訳なのか本心なのか全くわからなかった。

「でももう君の姿を見てから僕は止まれなくなってしまった…君を見つけられたのは、ほとんど偶然なんだよ。取り憑かれたみたいに君を探し始めてからというもの、学業との並立はとてもじゃないけどキツかったんだ。でも医師免許もなんとか取れたし、どうにかこうにか君を探しながら仕事もしてなんとか暮らして、でも10年目くらいにはもう精神的に参ってしまっていて、鬱に近い状態だった。もう自分がダメになる、壊れかけてることもわかってる。壊れきる前にどうにかして諦めなければって思い立って、アメリカに法医学の研修をしに渡米した。君の居る日本に居たら、諦めきれずに寝る間も惜しんで探してしまう自分が苦しくて辛くて、それならいっそ他の国に行けばいいと。誰も僕を知らない国で、愛する死体を毎日見て暮らせば君への恋慕も少しは紛らわせるかって…父親と険悪だった僕は故郷に帰ってくることはないって、大学受験でここを離れてからずっと思ってたんだから。でもその父親が癌になってさ。早くに僕の母親は亡くなってしまったし、僕は一人っ子だったから一人っきりの父親を放ってはおくわけにいかなくて、親戚からも毎日国際電話が掛かってきて、それでアメリカからこっちへ帰ってきたんだ」