「そうしたら、彼、『へぇ、あれ、僕が撮ったんですよ』って、平気で僕に言ったんだ。驚いた。顔が隠れてると人って大胆になるんだね。僕はすかさず『あの子すごかったですね、どこから見つけてきたんですか?』って訊いた。そしたら『勤め先』って。僕はそれを聞いて、この人は学校の教師じゃないかって思った。だって、この歳で中学生くらいの男子に勤め先で会うって言ったら学校とか塾かなって。公務員風だったからさ。違う? 病院ってことも考えたけど、ドクターみたいな雰囲気じゃないよね。スクールカウンセラーとか? ホテルのフロント…市役所の窓口…?」

 ドクター清水は本当に道化師マスクの表までしか佳彦のことを知らなかった。でも、恐ろしい洞察力だ。公務員と見切っているとは。

「さあ…よくわから…ない…」

 話す気力もないし、それ以上に佳彦の身元を知られたら佳彦が危ない気がした。いや、佳彦はもう構わない。問題は小島さんや寺岡さんにまで被害が及ぶような気さえすることだった。この人はおかしいから。

「え? なんで? 知らない人に付いて行ったの? ダメじゃない。お母さんに『知らない人に声を掛けられてもついていっちゃダメ』って言われなかった?」

 まるで小学生を叱りつけるような口ぶりで彼は僕を責めた。

「さあ。親の話をちゃんと聞いたことないんで」
「なにそれ…中学生ぐらいだったんでしょ? この頃」
「ええ…生きてる人に興味がなくて…親にも興味がなかった」
「徹底してるね、そういうところ。じゃあなぜ、あの男についてったの? 誰にも興味ないのに、なんで!?」

 彼は急に怒りを露わにした。

「本を…貸してくれたから」

 それを聞くとドクター清水はガクリとうなだれて、ハァと嘆息した。

「そこは整合性があるのか…ウソじゃ…なかったんだ」
「彼…そう言ったん…ですか?」
「『Suicidium cadavere』を見せて仲良くなった。そのあとああいう関係になったって…ほんとにそうだったんだね」

 僕は微かにうなずき、そしてそれを見てドクター清水は苦々しい顔をした。

「それからあの男は言った。『あの子は淫乱で誰にでも抱かれる。まるでインキュバスみたいに』と。『僕はとても失望した。計りきれないほどの失望だった。あの子には好きも嫌いもない…拒否も愛することもしない。なんでも言われたようにする。でも、誰にでも抱かれて誰に首を絞められてもイクんだよ…僕じゃなくてもいい。それどころか生きてるものに興味がない。そして僕を殺せって誘うんだ。だからもう会わないことにした』。あの男はそう言った。僕は心の中で叫んでいた。『屍体を犯したのはお前だろう?』って。屍体は誰も拒まない。でも何の意志もない。それが屍体だからだろ…この男はバカか? って本気で思った。そうしたら、ヤツはポツリと呟いた。『本当に殺しちゃえばよかった…』」