「ごめんね。震えてるね…こんな話…したくないんだけど」
「あ…謝るなら…やめて…くださ…い…」

 わななく唇で精一杯の抗議を訴えながら、僕は自分の二の腕を痕が着くぐらいの力で両手で握りしめていた。今すぐ死んでしまいたいぐらいの恥辱と絶望感が僕を支配していた。こんな話は僕一人が知らなくてもそのほうが幸せだった。しかも、あの動画はあの先があった。それを見なかったことは救いのようだった。だが話は一向に終わらなかった。話をしたくないなど、嘘だ、と僕は思った。僕をうまく釣って僕から「事情を話せ」と言わせ、家に連れ込んだドクター清水の勝ちだった。負けた僕は打ちのめされて彼の話を止める気力も無くしていた。ある意味それは、精神の軟禁だった。

「でも君は聞きたいはずだ。僕とあの男が一度だけ会ったその日のこと」

 恥ずかしいことに、僕はそれをやめてくれと言うことが出来なかった。震えながら黙りこくったままの僕を確認するかのように、ドクター清水は少し間を置いて再び話をし始めた。

「会場はAさんがそういうイベント用に買った郊外の倉庫、お互いの顔が見えないように、恒例の仮面舞踏会形式でマスク着用となった。off会のメンバーは結構セレブもいるんで、基本的に顔出しはNGということだった。僕もAさんも黒のスーツに手術用のマスクとサングラスを着けてた。それがスタッフのマークっていうのはoff会では決まってるらしくて。僕に気を許しつつあったAさんは、そこの会場で、こっそり僕にこのDVDを店に持ち込んだ人物を教えてくれた。マスクで顔がわからないからいいと思ったんだろうね。白黒のツートンの中世風な道化師マスクを被ってた。ピエロではない、スタイリッシュな左が白くて右が黒の無表情な仮面…若い男だってことはわかった。その二面性のシンボルみたいなマスクはすごく似合ってた。上映会はAさんに言わせると成功だった。Aさんの信用は高くて、コンテンツがマニアの期待を裏切らないと評判だったみたい。そして今回もね。でも僕はそんなことどうでも良かった。どうにかしてユウくんの身元を掴みたいとそればかり思ってた僕は、上映会が終わった後、Aさんに内緒でトイレで偶然を装って一緒になれた。話し掛けたんだよね。でも自分がやってることに頭がおかしくなりそうになった。でも口は勝手に、あれは僕が編集したって自慢気に挑発していた」

 佳彦がいた。僕の知らない、別れた後の佳彦が。ドクター清水の声が、再び憎悪を纏うのがわかった。