なぜドクター清水が僕を『裕くん』と呼ぶのか、そして13年前になにがあったのか、僕はやっとそれを知ることが出来た。知って理解した。質問は両刃の剣だった。気がつけば僕は吊るされたアンコウみたいに切り刻まれていた。佳彦は僕に復讐を果たした。
 そしてドクター清水はそれによって自分の人生を費やして僕に逢うことだけを考えて生きてきた。そしてすでにその時からもう壊れかけていた。全部を聞いた僕は鍋に投入される直前のアンコウみたいに内臓と身を分けられて、皿の上に並べられ、さらし者にされて喰われようとしていた。話されたすべてのことに僕はもうどうしていいか全くわからず、頭の中で膨れ上がるひとつの渇望に耐え、ただ目を伏せて息を詰め、スーツの膝を頑なに掴んでいるしか無かった。
 
 僕の二つの愚かな質問に答えた彼は、そこまで一気に話すと、息を大きく吸ってそしてため息のように吐いた。だがこの拷問のような話は残念ながらまだ続くようだった。

「それからようやくDVDの編集が終わって、AさんがそれにOKを出した。かなりな額のバイト代が振り込まれても、僕は全く嬉しくなかった。終わっても神経は疲弊しきっていて大学を何日か休むほどだった。ちょうどその頃、児童ポルノの摘発に司法が乗り出して、たまたま業者が逮捕されたっていうニュースが流れててさ。Aさんはパッケージまで作ったそのDVDを売るのをやめた。限定したメンバーでも、結局のところ商品が流れる可能性は否めないし、今の時期は危ない橋は絶対に渡らないほうが良いだろうって判断。それでもやっぱり経費ぐらいは元取らないとってことで、シークレット・イベントを計画した。いわゆる“限定上映会”ってやつ。もちろん、メンバーはoff会の連中でね…Aさんに頼まれて、上映会の準備と当日の映写のオペも結局僕が手伝うハメになった。断りたかったけど、動画の提供者も来ると僕は踏んだ。だから行かざるを得なくなった」

 つまり、と、僕はその事実を聞いてゆっくりと青ざめていった。上映会…それは皆で僕のあの痴態を鑑賞したということなんだと気がついた時、血の気が引いてくると同時に全身を掻き毟りたくなる衝動に苛まれた。悪寒と虫の這いまわるような不快感が恥辱とともに皮膚の裏と頭の中を這いずり回るのがわかった。何人に見られたんだろう? どんな風に思われ、どんな反応をされたんだろう。僕のクローゼットの中の忌まわしい骸骨は、知らないうちに引きずり出され、辱められた上にさらし者にされていた。居ても立っても居られないというほどの焦燥感と激しい羞恥に僕は戦慄いていた。