「僕はそれを事務所で作業した。自分のパソコンじゃセキュリティ上ダメだって言われて。僕がコピーして持ち出すかも知れないしね。初めての時はAさんと一緒に見た。そこで…モニターの中で僕は君と…初めて…出逢った。盗撮された君と」

 このことをつまり『リベンジポルノ』と言うのではないだろうか。佳彦は僕を商品として売った。僕に愛されなかったという復讐だろうか。

「初めて見たとき、僕はなにか途轍もない奇跡を見ているように思えた。神の与え給うた奇跡…僕は、動いている屍体を初めて見た…君は生きているのに死んでいた…誰もそう言わなくても僕にはわかった。永遠に腐らない屍体みたいに、君は生きながらにして死んでいた! 有り得ないだろう!? だがその少年は実在した。そしてその少年に一瞬で恋に落ちた。心が奪われる瞬間…僕はそれを今もはっきり覚えてる。僕に人生は一夜にして変わってしまった…不可逆的に変わったんだ……すべてがこの動画のせいだ」

 僕は目を見開いていた。なぜこの人はそれがわかる!? 僕が死んでいたことを!!

「なぜ!? なぜわかるの!? そう僕は死んでいた! なぜそれをあなたは理解するんですか!?」
「見ればわかる! 説明なんか要らない! 僕にはモニター越しにでもはっきりわかった。君が生者の世界には馴染まない身体と心を持ってるって。そして君は弄ばれた。意気地なしの鬼畜野郎に!!」

 ドクター清水は握り拳をソファの座面に打ち付けた。

「あの男が君を弄ぶたびに、君の静かな細胞が悲鳴をあげるのが僕にはわかった。通わなかった血が、感じなかった皮膚が、死んでいた組織が、まるでゾンビみたいに無理やり命を植え付けられて発狂していくのがわかった。僕はそれを見てその絶望感に叫びそうになった。もうやめろ…もうこの子の細胞を1ミクロンも揺らすなと心の中で必死に願った…無駄なのにね。だってこれはもう1年も前に撮られた過去の映像なんだから。そしてそれに追い打ちを掛けるように、嫉妬の地獄が僕を待ってた…これから編集で何十回と見なきゃならないのに」

 自分を嘲笑うかのように不自然にドクター清水の口角が上がった。発狂した人はもしかしたらこんな表情なのだろうと思うようなゾッとする顔で。だがそれよりも僕はそのドクター清水の言葉に、自分の頭がおかしくなるんじゃないかと思うほどの狂躁を覚えた。まるで夢の中のようだった。現実感がどこかに消えていった。僕が失ったものの大きさに、佳彦を恨んで恨んで自滅してしまうとしていた、そのことを他人の口から聞いたのだ。心臓が狂ったように打っていて苦しい。自分の脈拍が耳の中で響くほど。

「なぜ…それを…知ってる…?」

 僕は戦慄く唇からその言葉を吐き出した。誰にもわからないと思っていた。僕の死は、誰にも届かないと思っていた。それを生の国に住む、赤の他人の口から聞いた。頭がどうにかなりそうだった。口角を下げて彼は俯向いて呟いた。

「わからない。でも僕には当たり前にわかることなんだ。理由なんか…知らない。ただ僕は君のことがわかった。それはきっと僕がどうしようもないほど、屍体を愛してるからだと思うよ」