ランドクルーザーの助手席のドアがバタンと音を立てて閉められた時に、僕は罠にかかった虫のような気分になった。待ち合わせた公園の端に止まった車の中で、運転席の小島さんは全身に冷えた謀略のような冷気をまとっていた。今まで僕は、気さくで暴力的でいい加減で率直な、戦争映画で見たアイルランドの下級兵士みたいな彼しか知らなかった。こういうのをモード2発動、っていうのか、と思った。でもその冷気は全部僕のために発せられているのだと、僕は捕らえられた鎌の下で思った。まるでルネッサンス期の銅版画によくある“死神と大鎌”。もしくは捕食するカマキリとか。
僕はその冷気に、小島さんの途方もない好意と支配とを感じた。
「来ない…って手もあったんだぜ、裕」
会って口を開いた最初の言葉がそれだった。僕の目も見ないで。
「でも、約束しましたし」
「お前はほんとに言ったようにやるんだな」
「どうしていいかあんまりよくわからないんで。人とあまり話さないし」
それは本当だった。人と約束したり、どこかに出かけるなど、親ともあまりしてはいない。人が何を考えているかなどと、いままでどうでも良かったのだ。だが、佳彦と出会ってから、生きている人間が考えたり思ったり感じたり欲したりすることを少しづつ意識するようになった。それは意識せざるを得ない、といった感じもした。僕が無視しようが、黙ろうが、逃げようが、それは追ってきた。大きな声で僕を呼んだりした。母親までもがその中に加わった。最後にそこに僕の肉体が加わった。
そして他人がいろいろなシグナルを発していることを僕は次第に認識し始めた。うるさいから聞かざるを得なかったとも言える。しかしそれでも聞いているのは僕の中に寄生している熱のせいだと言えた。僕はそうやっていま、小島さんのシグナルを読み取ることも出来るようになっている。僕の熱を操り、多分自分の欲望を果たそうとしている。でもその中には、私欲とも違う僕にもつかめない何かの動機がある気がした。



