「いや…僕のことはいいです」
「またまたご謙遜を…警察関係の皆さんから良い評判しか聞かないですけどね」
「…変人…とかでしょうね」
「あははは! それもたまに聞くかも。自分で言う?」
「それで全部です。付け加えることはないですから」
「ええぇ…そんなぁ。趣味とか教えてくれないんですか?」

 お見合いの席でもあるまいし、そんなことを聞くなど僕の脳内アラートは赤字で点滅してブザーが鳴り響いている。死にますよ、清水先生。やりたいことがそんなにあるなら、僕に興味なんて持つもんじゃない! いつのまにか僕は奥歯を噛み締めていた。

「…想像にお任せします」
「えぇ〜想像ですかぁ? そうだなぁ、屍体が好きでたまらないとか?」

 それはいきなりカウンターで鳩尾にボディブローを食らった感じだった。

「…は?」
「違うんですか? それなら、幸村警部補と仲良しってほんとですか?」

 連続で不意打ちみたいな攻撃が入った。なにこれ…この人なに? なにがどうなっているのか全くわからない。もしや僕たちの関係を知られているとか?

「…所轄の強行班ですからね。解剖によく立ち会いますし、検視に力を入れてるらしいので」
「それ以上にでは?」
「…どういう?」
「険悪だった幸村警部補と法医学教室の仲を和解させるくらいにはってことですが。強行班の中では話題になってましたよ。幸村警部補以外」
「ああ…そのことですか」
「へぇ、それ以外にも?」
「それ以外?」
「あぁ、まぁ気にしないで下さい。でも随分信頼されたんですね、幸村警部補に」
「仕事上、たまたまです。僕は普通に解剖しているだけなんで」
「その普通がレベルが高いと、県警にもそれなりに一目置かれてる」
「それは、清水先生のことでしょう」

 笑顔でこちらの核心を突いて来る質問、こちらが揺さぶりに応じないと見るや、さりげなく会話をずらして一般論に持ち込んでいく。この少しの会話の中で、僕はこの人をこうラベリングした。『噂と違って危険な人物』と。

 だって、わざとだ。この打ち込みは無意識ではない。そして僕を挑発している? しかしなぜ? 挑発という単語で、不意になにかデジャブのようなものを感じ、僕はハッと、以前佐伯陸が初めてここを単身で襲撃した日を思い出した。あのとき佐伯陸は嫉妬に駆られ、幸村さんの新しい彼氏を一目見て嫌味のひとつも言ってやろうという気で僕に会いに来たのだ。つまりこれは…またそれですか…?

 譲るよ。いや、持って行って欲しい。早く持ってけ。こんな双方有益な取引などそうそうこの世には無いよ、ドクター清水! と僕は心の中で呼びかけた。片思いですかそうですか、早くあのデカくてウザい人を連れ去って下さい。あなたくらい仕事が出来れば彼もぞっこんでしょう。ああよかった。

「幸村警部補のことそんなに気になりますか?」
「え?」

 今度は清水先生が変な顔をして僕に聞き返す番だった。