結局あのときに気が狂いかけていた僕を正気にしようと躍起になっていたが故に、寺岡さんは僕に件の出来事を白状させたわけで、まぁそれも僕というよりか、愛する小島さんのための行為だったとも言えるが。物見高いだけでは、あの狂乱の一夜を、しかも小島さんに殴られてまで収拾しようなどとは思わないと、僕は思っていた。
「でも、寺岡さんの家で言い合いになって、お互いグジャグジャなことになったおかげで、僕の父親は自殺だった可能性が高い…それも首吊り自殺だったらしいとわかったんで。それで、僕の自殺の死体がわかるようになったのとそれで発狂するのは、きっとそのせいじゃないかって、ようやくわかった気がしたんです」
「それは…まだ岡本の今の親御さんからは、裏取ってないんだよな」
「ええ。戸籍見たことだってまだ言ってませんから。親も僕に一言も言わないし。だっていまの両親は戸籍謄本でバレないようにわざわざ僕を特別養子縁組みしたんでしょうし…僕に突っ込まれない限り本当の子供であると押し切るつもりだと思います」
「岡本は自分の両親の経緯について聞きたくはないのか?」
「訊かなくてもある程度…いや、十分なほどわかってしまいましたし。子供の1歳の誕生日に意図もなく突然死する確率のほうが低い。それに僕の誕生日は、父にとって妻の命日の翌日ですから。妻の一周忌を無事終えて、その翌日自殺した…そんな流れが自然だったというか」
「1歳になったばかりの岡本を置いてか?」
「なにか…当事者にしかわからない事情があったんじゃないでしょうか。鬱だったとか。妻が新生児を遺して死んだんですから」
「まぁ…そういうのは無いわけじゃないけどな」
過去の現場を振り返るように幸村さんはその可能性には同意した。
「でも、その場合は大概…無理心中だ。ウツは」
「誰と、だれが、ですか?」
「父親が、子供を道連れってことさ…」
それを聞いた途端、僕は堪らない気持ちになった。
「そうです…よね。そのはずだった。そのはずだったのに…でも僕は生きてる…なぜって思いませんか…なぜ父は僕を連れて行ってくれなかったのか……それがわからない」
「ああ、それで岡本は今日狂ってたんだもんな」
「父は…ずるいです」
「…そうかな」
幸村さんはそう、ポツリと呟いた。
「肩を持つのはわかりますよ。幸村さんはそういう人だ。普通はそうです」
「それもある」
「それも…って?」
「まあ…いいや」
珍しく幸村さんはそれでその件を終わらせた。しかしすでに僕は無理心中という言葉から惹起された、生の世界に置いて行かれた胸を掻き毟るような空虚感に再び苛まれていて、それを揺り動かさないようにするためにしばらく口をきけなかった。幸村さんの「まあいいや」はその感情に紛れて消えていった。



