僕を止めてください 【小説】


「図書館」
「どこの?」

 懐かしいあの図書館の建物が閉じた瞼の裏に浮かんでいた。佳彦の話をしたら、また恨みでいっぱいになるのだろうか?

「小さい頃から…その図書館に通ってました。多分、小学生の低学年の頃から」
「なに読んでたの?」
「…死体の…本。死体だけじゃない…死んだもの、すべて……生まれつき、生きたものに興味がなかったですから」
「…とんだ小学生だな」
「ええ。それで目をつけられたんで…彼に」
「彼?」
「本と、レイプの人」

 そこからは、また幸村さんの得意な誘導尋問になっていった。話している途中で何度か寝た。幸村さんが寝ていることもあった。こっそり話を止めて起こすまいとしても、幸村さんはなぜかいつの間にか眼を覚ましていて、「…それから?」と訊くのだった。仰向けに寝たまま両手を胸の上で組んで、天井をうっすら眼に映しながら昔語りをする僕は、土から掘り出された棺桶の中で呪術師にでも無理やり起こされた死体のようだった。僕の方に横向きに寝そべって頭を自分の腕で腕枕している幸村さんは僕の顔を見ながら話を聞いているんだろうか。僕の視界の中には幸村さんは居なかった。問い掛ける声だけが右の耳から聞こえていた。

 この昔語りを終えたら、また棺桶の蓋を釘で閉じて、もう一度土の中に埋め戻してほしい。そんなことを思っているうちに、親の戸籍を取得に市役所に行った例の話に差し掛かった。ぼくが生まれるより先に母親はすでに死んでいたこと。死んだ胎の中から僕自身も死んで生まれてきたこと。僕の1歳の誕生日に父親が死んでいたこと。それは多分自殺だったということ。今の父親は本当の父親の兄だったこと。育ての母とは血が繋がっていなかったこと…

「…戸籍のこと、誰にも言わないつもりでしたけど…でも勘の良い寺岡さん…例の教授に誘導尋問で釣られちゃって。15歳の男の子なんてチョロいですよね。まんまと言わされた…チェスみたいでしたよ。逃げ道を一つづつうまく塞がれて、あげくチェックメイト…ってこういうことかって」
「なんとも、物見高いっていうか…ゴシップ好きなんだろうな。その手の教授とかいう人種は」
「僕もそう思ってました…でも…違った」
「へぇ」

 物見高いと言ったそのあとに、案外バカにしてもないような口ぶりで幸村さんは「へぇ」と呟いた。