冬の明け方は冥く、まるで真夜中みたいだった。エアコンの乾燥と寒さで目が覚めた幸村さんに起こされた時、僕も彼もまだ床の上で、僕はまだ手錠でベッドの脚に繋がれていた。無意味な性欲の熱はすっかり引き、冬の冷気で冷えた身体はようやく自分のもののように感じた。
頭の上で上げたままだった腕と肩がその形で固まっていてすぐには動かせなかったが、腕を頭より下に下ろせない僕を、幸村さんはそのまま風呂に引きずって行った。シャワーで肩を温められてぐにゃぐにゃ揉まれているうちに自然に腕が下り、適当に身体を洗われた後、裸のままベッドに投げ込まれて、いつものように隣に幸村さんが滑りこんできた。軽い眠気の中でお互いふとんに身体が馴染んだ頃、幸村さんが満を持して僕に尋ねてきた。
「約束だから、話してくれるよな?」
「ああ……めんどくさい…ですね」
「それでもいいから」
何を訊きたいのか、どうせ幸村さんにしかわからないのに、と、僕は思った通りのことを呟いた。
「…どこから話せばいいのか…わからないですが」
「好きに話せよ」
「と…言われても…僕が好きこのんで話すわけでもないのに…だいたい……何が聞きたいんですか?」
「ふむ。そうだな…なんでこの仕事選んだのか、かな」
「…ああ……いちばん面倒なところか」
「だから言わないんだろ、岡本が」
「そうですね。ほんと…めんどくさい」
「じゃあ、質問に答えるってのは?」
なにを聞かれるかと思うと、正直うんざりしていた。それでも話さないと終われない。詐欺られた約束だというのに、僕はその約束に何故か縛られていた。
「…まぁ…やってみたらいいでしょ」
「それじゃな……そうだな。前に、自殺の鑑別が出来るようになったのはトラウマが原因って言ってたろ」
「ああ…はい」
言ったのは覚えてるが、いつだったっけ?
「中2でレイプされたって、聞いたよな…言いたく無いだろうけど」
「あ…ええ。まぁ」
「それが原因だって」
「本…です」
「本、だったか。そういえば」
「本とレイプ」
「やっぱり、経緯を訊かないとわからないな」
「長い…ですよ…」
「ああ、だろうよ。それが訊きたいんだ。どうしても」
「気分の良い話にはなりませんよ」
「そう思う」
隣で淡々と僕から聞いた記憶のピースを並べていく幸村さんは、少しだけ刑事の声になっていた。ほんとに、どこから話せるのかな。僕は眼を閉じた。



