押し倒されてからどれだけ時間が経ったかは不明だった。意識が朦朧としている。僕は珍しくベッドではなく、床のラグマットの上で長い夜を犯されていた。
前回のムエルタの老女の自殺遺体から、実に三ヶ月振りの性行為だった。アメリカ帰りのドクター清水は勤勉に検視を行い、期せずして一度も会ってもいない僕の盾になってくれていた。その前はダムで発見された入水自殺の遺体。忘れようもない。穂苅さんに犯されたあの夜だ。それももう六ヶ月前になる。
仕事場で会う以外、ドクター清水のおかげで実はこの半年に二回しか幸村さんには抱かれていないことになる。それでもその大きな身体は僕の狭くて曖昧な感覚の中になぜか刻まれていて、拒否しても抗っても、肌の感触にすら馴染んでいる自分が不思議で不本意で憂鬱だった。
それでか知らないが、覆いかぶさる身体の重さを受け止めてから自殺の死体がもたらす混迷に再び飲み込まれるのに、そう時間は掛からなかった。激しい羨望が僕の中で再度膨れ上がり、いつもの希死が変わらず牙を剥いた。
首を絞めてくれと懇願し続ける僕を犯しながら、ダメだ、と幸村さんは頑なにそれを拒否し続けた。悔しくて僕は泣いた。希死の嵐の中で、彼の前でこんなに死にたいと泣きわめいたのは初めてかも知れないと、霞んで届かない思考の中でわずかながらに思った。
「ぼくのこと…好きなのに…殺してくれない…なんて」
切れ切れにそう呟いたところで、なにが変わるわけではなく、ただ絶望感を吐き出すために僕は口を動かした。
「死んだ僕は…もっと…イイんだ…よ…」
「ダメだ。お前を死なせるなんて、俺が許さん。絶対に…だ」
正論が本音と変わらない幸村さんは、愛撫を続けながらなんのヒネリもなく僕の独り言に答えた。だけど僕がそれに応える義務はない。
「わかってない! 死んだ僕がどれだけ気持ちイイか…幸村さん知らないんだ…」
「そんな趣味ないわ! 俺は警察官だぞ。お前じゃなくても殺すわけないのに、お前を死なすわけなかろうが!」
固いものを押しこまれて喘ぐ僕に、幸村さんはそう畳み掛けた。僕の頭の中は、自殺した彼の死体でいっぱいだった。灼けつくような羨望で感情が発火する。熱さが僕の血液を炙り、その不快感と金属音のノイズに気が狂いそうになった。
僕が寝かされたいのはこんな場所じゃない。あの、冷たいステンレスの台の上なんだ、と。それでも初めて感じた嫉妬とも思えるその欲望を、僕は抑えようと必死だった。



