泣いているのをごまかすために、幸村さんの質問に答えながら彼に背を向けて、終わりかけの解剖台の上を僕は整理し続けた。立っているのが辛くて、何度も台の上にこっそり手を着いた。
隠したいことは山のようにあって、なにを優先的にカバーしたらいいのかも判断がつかなくて、僕は無言でひたすら片付けと整理を続けた。震える手で取りそこねた鉗子がカシャーンと大きな金属音を立てて床に落ちた。鉗子を拾うのにしゃがみ込めば涙を拭くことができる。台に隠れて白衣の袖でようやく涙を拭った。少しほっとして顔を上げると、目の前に幸村さんがヤンキーのようにしゃがみこんで僕を見ていた。
「み…見るな…!」
「終わってんなら早く片付けろ。家まで送ってやる」
一人で帰れます…と言いたかったが、脚も体幹も腕も力が抜け、しゃがんだままもう立てる気すらしなかった。微熱のようなほてりと淫靡な戦慄が身体中に回っていて、朦朧と僕は無言で頷いていた。幸村さんは先に立ち上がると、なかなか腰をあげようとしない僕の手首を取った。久しぶりに握られた手首の感触に、僕は恥ずかしさのあまり下を向いて、同じことを繰り返すように口走っていた。
「見るな…よ…」
いつものように僕の言うことをなにも気にしない幸村さんは、軽々と僕の手を引いた。苦もなく立たされたと思った僕は、いつのまにか彼の胸の中にいた。手袋が死体の脂まみれで抵抗できないのわかって…また術中にハマっている。でもなんだかもう抵抗する気力が無かった。自分自身の死への渇望に打ちのめされていたからかも知れない。
「…じゃあ、手伝って…下さい」
「ああ。岡本こんなんじゃ、いつまで経っても終わらねーな」
幸村さんにいくつか指示を出し、その間に遺体を保管室に運び終わった。先に幸村さんを医学部棟の裏口から追い出したあと、各所の施錠を再確認し、ようやく白衣を脱いだ。白衣と一緒に張り詰めていた気も脱げてしまった。閉じたロッカーに背中を預け、肩で息をしながらズルズルと座り込んだまま、しばらく立てなかった。
今度はようやく独りで立ち上がり、やっとの思いで駐車場に辿り着き、見慣れたシルバーのワゴンが見えた。いつものように後ろに僕の自転車が積んであった。助手席のドアが開いた。待たせたからだろうか、タバコの煙が車の中で煙っていた。幸村さんは禁煙をやめたままだった。僕のせいで破られた禁煙のせいか、煙が妙に疲れた目に染みた。
「行こうか」
「……ん…」
「どうせ…もう我慢できないだろ?」
また今宵も、いつもの夜だ。



