僕が、いじられたい。
全身の痺れるような淫靡な震えの中、その妄想に僕は愕然とした。それは今まで一度も感じたことのない感覚だった。だが今、この冷えた解剖室で独り、凍死の自殺体と向き合っているうちに、初めて僕にその欲望が芽生えた。こんなふうに僕がこの冷たい金属の台の上でこの僕が誰かの欲望を押し込まれたいんだ、と。切り刻んで壊してバラバラにし、全てを解剖台の上に暴き出したいと呟く解剖者の熱。そしてたとえどんなに熱いものが入ってきても、それがどんな熾烈な欲望であっても、冷えきって微動だにしない死体の僕は、どんなにめちゃくちゃに損壊されても、どこまで切り刻まれても、静かに体液を滲ませてそして腐り落ち朽ちていくだけ…そこにただあるだけの、なにも要求されない期待されない誰も傷つけない僕。眼球が抜かれ、性器を切り取られ、頭蓋を破壊され脳髄をえぐられて肉も骨もバラバラになっていく。君より、君より僕のほうがずっと、ふさわしいんだ!
不意に激しく興奮して固く張り詰めた股間が、全身の神経を逆撫でした。ああ、あああ! 僕がこうやって不愉快な生の感覚に溺れさせられているというのに、なぜなんだ…僕がこれほど我慢していることをどうしてこんなに平然と実行できる? 君は、ずるい。君は本当にずるいよ。僕がどれだけこの行為を望んでいるか、わかっているのか? こんな風に僕を挑発して、無関心で、置き去りにして…
(置き去りにして…行ってしまった…)
そうだ。おんなじだ。ぼくもおいていかれた、捨て子。
「行く…な……連れていけよ…」
気がつくと、涙が頬を伝っていた。
「ダメだろ、お前。一人で泣いてんじゃねーよ」
声に驚いて振り向くと、戸口にいつもの黒いスーツを着た幸村さんが立ってた。かけたはずの鍵が開いてる…指先でクルクル回してるのは鍵の束? あまりの恥ずかしさに瞬時に顔を背けた。そして慌ててICレコーダをOFFにした。
「その様子だと…自殺だな、ホトケさん」
「たぶん…」
「多分じゃねーよ。死因は?」
「凍死かと……臓器判定と血液検査待ちです…」
「身元はとりあえず歯科医会か」
「レントゲン写真と歯科所見はまとめてそこの封筒に入ってます」
「遅くなって悪かったな。すまん」
「い…いいえ…別に」
「でも脱走犯は捕まえたぞ。アリーナ行きのバス停で。恩に着るぜ」
気がつけば、搬入からすでに4時間経っていた。



