彼への侮蔑と憧れとを同時に感じると、僕の頭の中はいつものように、怨嗟の如き羨望ではちきれそうになっていた。錯乱は更に加速していった。なぜ僕はお前を見ているんだ? 何故見られているのが僕じゃなくてお前なんだ? 何故僕はここでお前を調べている? この上に乗るのは…
僕だよ。
僕はおもむろに頭蓋骨に電動ノコギリを突き立てた。最初は頭蓋腔、打撲による内出血や硬膜の状態、病症的くも膜下出血、脳梗塞や出血などの病変を詳しく調べる。君の脳は普通かい? 僕の脳は異常なんだ。自殺した死体がわかってしまうんだ。その自殺した君を解剖しながら気が狂ってしまいそうなんだ。こんな僕でも静かにこの世をあっちから眺めていた時があったんだよ。そう、あの人に逢うまでは。
僕が死んだものにしか興味がないのに医大に行かなきゃならなかったのは法医学のせいだ。あの人は僕に言った。君はいい法医学者になれるって。あの人が見せてくれた『Suicidium cadavere』に僕の未来が映しだされていたんだ。ああ、知らないよね…写真集なんだ。僕を狂わせて生に磔にした忌まわしい本。
「おまえじゃ…ない…」
この中に入っていけたら…僕はお前になれるのか? 羨望より激しい、嫉妬に似た怒りと欲望。Y字切開で体幹の解剖に移行した。肋骨を大きなニッパーで切り開く。目標は心臓。凍死鑑別の要と言われる《左右心臓血の色調差》に取り掛かろうとしていた。



