遺体が到着して、若い巡査が二人解剖台に遺体袋から男の死体を引きずりだした瞬間、初冬の冷気の心地よさは無情にも掻き消えていった。

 自殺だ。

 急にめまいが襲った。胸の中で掻き毟るような劣情が息苦しい。血液が一斉に下半身に集まっていく。すぐに性器が硬くなりきった。悪い予感がし続けて、全部そのための準備を念入りにして、なおこの有り様だ。いつもの如く。

「う…ケホ…」

 少しうめいたのを誤魔化すために咳き込む振りをした。性感と立ちくらみで頭が朦朧とする。貧血なのかも知れない。手のひらを額に当ててやっと我に返り、ICレコーダーの録音をONにした。若い巡査らも、身長と体重の測定を手伝った後、言われたことは済んだとばかりにそそくさと持ち場に帰っていった。それだけが救いだった。
 落ち着け。今日は一人だ。いつのもように膝が落ちそうになりながら、ストラップのついたカメラを首から下げてやっとのことで脚立に登った。

(…行くな…俺を置いて行くな)

 カメラから覗いた瞬間に、僕の耳の奥に聞こえないはずの声が囁いた。ハッとしてカメラが手から滑り落ちそうになった。

 取り残され…た?

 僕の中の何かが呼応する。震える手でカメラを持ち直した。全体撮影を開始した。三体腔開検まで正気でいられるだろうか…脚立にすがるように下り、カメラを安全な場所に置いた。苦しい。今から背面の撮影のために身体を裏返さなければ。死後硬直の解けかけた死体の肩を掴み、もう一方の手で骨盤の下に手を入れて、手前に裏返した。