「この分野は私はもうついて行けないって面接の時も言ったと思うけど、覚えてる? でも清水君ここの法医学教室も巻き込んでのセンター構想だって。まぁ当然ちゃ当然だよねぇ。それ読めばわかるけど。でね、この計画を岡本君はどう思うかと思ってさ。やってもらうとしたら、岡本君がここの教室の代表になるんだけど」

 なにか不穏な発言を聞いたような気がして、僕は慌てて書類から目を上げて堺教授の顔を見た。

「はい?」
「だって、他にいるの?」
「…なにがですか?」
「ええ〜話し聞いててよ〜。センター構想のここの代表は岡本君になるからねって話」
「あ…え? なんでですか?」
「だって他にいる? 名前言ってもらえるかなぁ?」
「…ああ…はい…えっと…いや……だから僕は断じて有り得ません。堺教授以外考えられないですが!」

 マズい。僕の頭からサーッと血の気が引くのがわかった。良い流れだとか思ってた僕は単なる愚かな楽天家だったのか?

「だから私はもう大学と解剖で手一杯だってば。有り得ないとか有り得ないよ〜岡本君〜」
「僕はダメです! 役立たずですから、断ってください…」

 僕は半分涙目で叫びそうになり、反面語尾は掻き消えそうになっていた。なんてことだ…ドクター清水は地雷だったのか…!

「断るって…もう〜岡本君たら、それは無理でしょ。あれもダメ、これもダメじゃただの駄々っ子ですよ。それにどうせ清水センセの独壇場だよ。彼、なんでもかんでも自分で主導権握って自分でやりたい感じするからね。資料読んでみたらわかるよ。役立たず結構、温かい目で手出しせずに見守ってあげてるほうが清水センセには好都合なんじゃないかって思うわけ。だから君は大学側のお飾りの責任者ってやつで良いんじゃないかと私は踏んでる。というか君が意見なんか言ったらまとまらなくなるって。あははは」

 見守るなんてそれこそ禁忌だろうが! と僕は言えない抗議を胸の中で叫んだ。だが、大学の講師も断り、自分で興味があると言ってしまったAiのセンター構想参加まで拒絶するには、いささか堺教授に世話になりすぎていることは、冷静じゃない今の思考でも否めるべくもなかった。いつもは僕が断れば引いてくれる堺教授が“駄々っ子”と言うということは、これはもう抗えない流れではないだろうかと、僕の頭の中の判断中枢は心の抵抗に反して『拒絶不能』の答えを弾き出している様子だった。拒絶の出来ない僕は完全に宙ぶらりんになって、前にも後ろにも進む道を失ったようだった。