母親がどういう人間かなど、いままでまったく知らずにいた。知ろうともしなかったし、これからも別に深く知ろうという気はなかった。でも、母親が僕と普通に話をしたことに僕はちょっと驚いていた。初めて“母親が現れた”気分だった。嫌な気はしなかった。死ぬことを制止されたことは最初は迷惑だったが、むしろそのことで意識が佳彦に逢う前の僕に引き戻されていったので、この事件のあとは、死ぬことに対して自分が気が狂うような執着をしなくても良いと思えるようになった。僕は安堵していた。
夜に部屋で次の日の授業の予習をしていると、携帯が鳴った。小島さんだった。
(ああ、俺、小島だけど)
「こんばんは」
(医者行ったかよ)
「はい。母と行きました」
(どう?)
「どう…って」
(ほら、縫ったりとかさ、したのかよ)
「いえ、消毒と検査と、あと薬が出たぐらいです」
(ふぅん。まぁ、良かったな)
「別に」
(あっ、そ)
「どうしたんですか? 僕に何か?」
(どうって…一応心配してんじゃん)
「ああ…ありがとうございます」
(お前さ…なんであの日俺に電話してきたの?)
それが聞きたかったのかと、僕は今夜の電話の意味がわかった。



