僕を止めてください 【小説】




「県警が前向きなおかげで、アメリカの大学で法医学の研修を受けた若手のドクターが地元に帰って来られました…駅南の市民病院に勤務されてるというさっきの話の方ですが。警察医会からも期待されていて、やはり見るからに優秀そうな方でした」

 見るからにということは、菅平さんは会ったことがあるのだろうか。警察医会といえば、とふと思い出したことがあった。

「そう言えば夏休みに警察医会とうちの教室の親睦会かなにかありましたよね? その時にでもそのドクターは参加されていたのですか?」

 その日には、確か急に海で溺死した中学生が運び込まれて、堺教授は親睦会が外せないからと、僕と田中さんで教室に残って解剖になった。コミュニケーション能力の高い鈴木さんと紅一点の菅平さんは堺教授ご指名で親睦会に参加。その後で親睦会の話を聞いた気がしたが、忙しいのに紛れて詳しくは聞かないまま忘れてしまっていた。

「ええ。その先生も来ていらっしゃいました。若手と言っても岡本先生より歳は上でしたが。東京の◯◯大学出のエリートで、あんまり話しかけやすい人ではなかったですが…岡本先生も話しかけづらいですが」

 菅平さんが“話しかけづらい”とコメントしたのが意外で、僕は少々驚いた。僕が話しかけづらいのは当然だ。話そうとしていないし、近づかれては困るからだ。しかし、寡黙な菅平さんは他のスタッフともそんなに会話することはないだろうにと、僕は面食らったついでに再び質問してしまった。こんなに他人に質問するなど、僕の状態からは反則なのだが。興味があると思われてしまうのはまずい。しかしそれをうっかり忘れるくらいの、菅平さんの二重人格のような豹変っぷりだった。

「…菅平さんは寡黙な方だと思ってましたが…それは僕のせいでしたか」
「いえ、別に岡本先生のせいではないです。話すのが好きではありませんから話さないだけで。しかし話さないからと言って誰が話しかけやすいかどうかは、それとは関係なく印象として抱いています。とはいえ話しかけやすいからといって話すわけでもありません」

 菅平さんは淡々と理屈っぽいことを語った。フォローしてくれているのだろうか。それならこの会話は?

「今は…なんで話しているんですか?」
「目的があれば、話そうという努力をします。無駄口とか世間話は嫌いなのでしません。ここ、忙しいし。岡本先生も一切無駄口を叩かないので有難いです。リアクションしなくていいですから。鈴木さんは返事をしなくてもめげずに勝手に話してくるので、それも問題はありませんけど」