僕を止めてください 【小説】



 職場に着いた僕を待っていたのは、先日の老女の鑑定結果の整理だった。昨日の今日ではさすがに写真はマズい写真は…ということで、いつものように写真の整理と確認は一緒に解剖した菅平さんにお願いした。僕は解剖時に取ったメモを記憶の中で補足しながら、パソコンで規定のフォーマットに入れ込んで行く作業に終始した。警察の捜査はどこまで進んでいるのか、昨日の今日ということもあり、まだ報告も問い合わせもない。午前中に鈴木さんが珪藻の検査をしてくれていたので、溺死か否かのおおよその判別は着いた。珪藻は検出されず、だった。僕の中では当然と言えたが、溺死の線は表面上の可能性が低くなったとなる。

 薬物検査は腐乱死体ということもあり難しいところだが、今のところ睡眠薬や向精神薬などの検出はなかった。ヒ素や農薬などの検査はまだ出てはいなかった。引き続き鈴木さんが分析中のようだった。

 デスクで作業を続けていると、目がだんだん疲れてきたので、メガネを外してレンズをティッシュで拭いた。その隙に向かいのデスクの菅平さんが写真整理の中で不明な点を質問してきたので答えた。その後、菅平さんはまた席を立ち、自分の分と僕の分のインスタントコーヒーをマグカップに入れて持ってきてくれた。疲れているように見えたのだろう。皆、ほぼ自給自足で飲み物を作っているが、菅平さんは忙しい時に限ってだが、スタッフにたまにそういうことをしてくれる。いつもありがとうございます、と礼を言うと、ニコリともせず、ついでです、と自分のマグカップを少し持ち上げた。そして珍しく僕に業務以外の話をし始めた。話し始めても、菅平さんのいつもの感情を削ぎ落したような口調には変わりはなかった。

「最近、自殺者の解剖は減ってますよね」
「ええ」
「正確な検案をする新入りの警察医の影響だそうです…駅南の市民病院に勤務してるみたいですが」

 つまり、自殺の鑑別をそこで行えているからここまで来ない…ということなのか? と、僕は推測した。そして、こんなに減っているにも関わらず、自殺遺体で具合の悪くなる僕のことを暗に非難しているのだろう。それも仕方ない、僕のことで菅平さんには迷惑をかけているし、ひとこと言いたくなるのもわかる。きちんと謝罪して置いたほうがお互いのためだと、僕は菅平さんに向き直った。