「はい、岡本です」
「ああ、俺」
その声は堺教授ではなかった。今日の半休の原因の人物だった。
「午前中休んだって聞いて」
「あ…ええ。お陰様で」
「玄関先にいるから開けてくれ」
「は?」
「ドアの前だよ。岡本んちの」
そう言うといきなりチャイムがピンポンと鳴った。
「何の用ですか…」
「昼飯持ってきたから開けろって」
「はぁ?」
「食ってねぇだろ? 昨日から食ってねぇんじゃね? 開けろって。時間ないんだから」
仕方なくフラフラと起き上がり、携帯を切って玄関に向かった。吐き気は治まっていた。鍵を開け、ドアノブを回した。外側から誰かが引っ張ってドアが半開きになった。
「はい、これ。食って」
ドアの隙間からにゅーっと大きな手が伸びて、その先にベージュ色のレジ袋がぶら下がっていた。そして遅れて幸村さんの顔が覗いた。
「来る途中、ベーカリーしか寄れなくてすまんが、メニューは気にしないんだろ? 米じゃなくてもいいんだよな?」
「あ、え…まぁ…」
「あとこれ、牛乳」
そう言うと反対の手から200mlのパック牛乳が出てきた。
「あ…はい」
「残ってるかも知れんが、まぁ無いと困ると思って。いつも飲んでるだろ?」
「あ…えと…切れてます。昨日アレする前に飲んじゃったんで」
「あー、じゃあやっぱり昨日から牛乳しか飲んでねーんだな?」
僕はしばらく記憶を辿った。残ってた牛乳を飲み干した。空のパックは…シンクか床に放置したままだったっけ。
「まぁ、そうですが」
「空のパックが床に転がってたからな。オナホと共に」
まったくもってよく見ているもんだ。で、牛乳は切れているはずだと推理されたわけだ。
「じゃ、行くぞ。仕事中でな」
「…でしょうね」
「これから県警で会議だ。絶賛移動中なんだ、いま」
「寝てないのに、元気ですね」
「アレくらいはまぁ俺はなんとかなる。でも……ほんとにすまん。あとで埋め合わせするから」
ほんとにすまん、ともう一回早口で言って、幸村さんはパンと両手を合わせて僕に頭を深々と下げた。ちょっと驚いたが、いや、謝ったって半休は帰ってこないし、それよりも関わらないで静かに僕の幸せを遠くから願っていてくれたらどれだけ助かるだろうと思ったが、この人にそれを言って何になるとも思った。謝ってる幸村さんは哀れに見えたし。
「要りませんから」
「じゃあな。食えよ」
パタンと勝手にドアが閉まった。



