「うん、ならやめる」
カッターを机に置きながら、気持ち悪いくらいあっさりと幸村さんが作業を中断した。
「スエットどうしてくれるんですか!」
「え? なにもなってないけど」
「はあ? さっきプチプチ糸切れてたじゃないですか!」
「ああ、縫い目の脇の布地、刃先で引っ掛けてただけ」
「だっ…騙したな!」
「約束したからもういい」
やっちまった。ハッタリは供述取りの常套手段…取り調べ室の魔術師とか言われてたんだっけこの人? 尋問のテクニックお応用みたいなもんなんだろうが…ああ…ほんとうに腹が立つ。と僕は暴力と嘘に屈した自分を恨んだ。解放された臀部の布を手探りで触り、穴がないかを確かめているその間に、幸村さんは服を着始めていた。
「じゃあ今度逢った時にな」
「なにをですか」
「質問大会」
「…今日じゃないんですか」
「今日、これからじゃ時間も足りん。それに心の準備が要るだろ? 岡本のさ」
「あ…当たり前です」
「すぐに言わんでもいいさ」
「なんですか、騙して約束させたくせにその恩着せがましい発言」
「なんとでも言え」
ネクタイをポケットにクシャクシャっと押しこむと、幸村さんはジャケットを掴んで立ち上がった。
「なにもしないでこのまま岡本と一緒に居るのは耐え切れんからな。帰る」
そして僕に背を向けて軽くあくびをした。
「帰る前に抱きしめたいところだけど、離したくなくなるからやめとく。キスしたら押し倒したくなるし」
言いながら幸村さんはもう玄関に向かっていた。
「見送るなよ。帰りたくなくなる」
「見送りませんよ」
「それでいい。じゃあな」
今までのしつこさが反転したかのように、振り返りもせずに幸村さんは玄関から風のように出て行った。部屋に静寂が戻ってきた。カッターはペン立てにいつの間にか戻っていた。幸村さんが片付けたんだろう。そのあと床に転がっているオナホを拾い集め、キッチンでそれらを洗った。詳しいサイトでハンドソープで洗うといいとあったので、除菌ハンドソープでマニュアルに従ってカビないように洗浄した。キマイラの歯にこびりついた自分の血が一番落ちなくて厄介だった。仕方ないので、自分の歯ブラシとオキシドールを使った。1日置いておけば乾くらしいので、シンクの脇にキッチンペーパーを敷き、中と外の水分を取った後、そこに洗ったオナホを置いた。そして僕はベッドに倒れこんだ。そして気を失うかのように眠った。



