僕に反論の余地は与えられなかった。宣言が終わるか終わらないかのうちに、僕は唇を塞がれていた。何も言うなとばかりに幸村さんの舌が口腔に滑りこんできて、僕の舌を捉えると、それを痛いほどに吸い上げた。
(呪いをさ、解いてやってよ)
電話の向こうの幸村さんはなんと答えたのだろうか? 舌を吸われたまま生ぬるい湯の流れる浴室の床に押し倒され、背中をシャワーの湯が流れていくのをデジャヴのように感じると、あのひと夜の出来事が頭をかすめた。随分昔のような、つい昨日のような、夢の中の出来事のような朦朧とした記憶が、僕の根底を揺るがせ転がし、その殻にヒビを入れ、元に戻れなくさせたあの夜のことが、僕を時空の隙間に落とし込んだ。
髑髏と蜥蜴。死と生を自由に行き来する彼。予言の神としての二本のナイフ。捧げられた血。二人の死神。
シャワーの降り注ぐ中で幸村さんの愛撫がまた性懲りもなく始まる。なぜ? もう終わってるのに、感じないって知ってるのになぜ? 無駄なのに…そんなこと無駄なのに。不意に唇が離れた。そのまま耳の中に舌が入ってきた。舌と入れ替わりにすぐ口腔に指が二本埋められる。しゃべるな。そのまま黙ってこの時を受け入れろ…そんな声が聞こえてくるような貪るような愛撫が体中をまさぐるように続いた。僕は心の中で呟き続けた。無駄です…無駄…だって僕は感じない…生きた人間は僕を狂わせられない。ああ…これを聞きたくないのか、と、僕は口を塞がれている理由がわかったような気がした。でも結果は同じだ。聞いても聞かなくても、無駄…そして徒労…
「んっぐ」
性器をいきなり握られてなぜか腰が浮いた。浮いた腰の奥に、かすかに熱の再燃を感じ、僕は狼狽えた。どうなってる? まさかまだ終わってないのか? ゆっくりと硬さを取り戻していく性器に困惑と微熱が広がっていった。どうして…どうして? 心の中の呟きが種類を変えた。
ノイズというには滑らかな羽音のような風圧が頭の中で幽かに膨らむ。鼓膜が内圧で膨らむような不思議な膨張感。幸村さんの二本の指が性器を離れたかと思うと後ろの排泄孔にゆっくりと埋め込まれていった。愛撫に慣れた急所をわざとわからせるような確信犯的な指遣いで、僕を正体不明な痺れに陥れていく。その音、指、困惑の感覚全てが、後頭部から水の中へ沈み込んでいくような平衡感覚の混乱を生んだ。思わず鼻を鳴らしながら首を仰け反らせていた。



