「…もういいですか。思い出したくない」
「自殺未遂…なのか…」
「さあ…」
「犯されて…か?」
「さあ。もう話すことないです」
「話せよ」
「出ましょうか。もう随分浴びてるし」
「言ったほうがいい…どうして自傷するんだ? 今日だってまた血まみれ…」

 無理にでも話させようという効果のない誘導が始まりそうで、僕も幸村さんの話を強引に断ち切った。

「そうしないとイケないんです。放っといて下さい」
「…どうした、いきなりシャットアウトかよ。まだダメか。ホントの意味で癒えてないんだな…その傷」
「ああ…いいこと言いますね。じゃあこれ以上癒合してない傷口をえぐるようなこと訊かないでくれませんか」

 互いに押し問答しながら、いつの間にか僕は幸村さんに浴室の壁際まで追い詰められていた。背中が冷たい壁に当たり、そこからは壁に沿って横に行くしか逃げ道がなかった。

「もう上がりますよ」
「待てよ」

 いきなり幸村さんが、僕の耳元の壁にドンと右手を着いた。進路が遮られ、反射的に僕は着かれた手の反対側に逃げようとした。すると間髪入れず、今度は左手が僕の肩の上の壁にドンと着かれ、僕は両腕の間で身動きが出来なくなった。顔が近すぎて、僕は思わず横を向いて視線を逸らした。

「…やめて下さい」
「癒えてないのは、向き合ってないから、だろ」
「やめてくれませんか…僕は自分の好きな時に向き合う。ほんとに勝手ですね、いつも」
「それじゃ、お前いつまで経ってもそのまんまだぞ!」
「…なにか問題でも?」
「独りぼっちじゃ生きて行けねーだろうが! お前また俺を排除しようって、そう思っただろ、さっき! 」
「生きて行けなくて構わないんですが、なにか?」
「やめろ。俺は納得しねぇぞ」
「大丈夫ですよ。独りぼっちだろうがなんだろうがどうせ死ねないんだ。それは許されてませんから安心して下さい」
「罪悪感でか」
「人のために、です。あなたを排除する意味だって知ってるでしょ?」
「意味は耳タコになるくらい聞いてるさ。でもそうなる理由をお前は具体的にはっきり言わねぇだろが! 俺を排除するんなら、俺が納得できるだけの出来事かどうかリアルに聞くまでテコでも譲らねーからな!」

 それを聞いた時、まざまざと僕の脳裏にあの屈辱的な風景が甦ってきた。幸村さんを納得させるために、発狂して痴態を晒した。コンクリートの床の上でのたうちまわりながら。忘れたと思ってたそれが、まだ自分の中でわだかまっていることを知った。