「いつからだ」
「なにがですか?」

 浴室で二人でシャワーを浴びながら、幸村さんは僕に尋ねた。

「頸動脈洞症候群ですか? 言いませんでしたっけ?」
「それは中3からってやつだろ」
「覚えてましたね」
「職業柄な。聴きこみとか供述は些細なことでも耳に残るようになってる。岡本のことなら尚更だ」

 そうか、覚えてはいるが、僕がして欲しいことをしてくれるとは限らないというやつなのだろう。

「最初に首絞められたのは…」
「中2だったよな」
「…いつ言いましたっけ、僕」
「ああ。警察署のタイヤ置き場で聞いた」
「…ああ…あそこですか。思い出したくもないですね」
「それも…悪かったよ…でも後悔はしてない。すまんな」
「まぁ、そういう人ですからね。幸村さんは」
「わかってるなら勘弁しろ。質問は“自分のチンコとか身体とか切るようになったのっていつか”ってことだが」

 それか、と僕は記憶をたどった。確かにそれは幸村さんには話してないかも知れない。幸村さんが覚えてないのであれば言ってないのだろうし。すると幸村さんは降り注ぐお湯の雨の中でいきなり僕の左手首を掴んで手のひらを上に返した。

「これは…ただの怪我か?」

 その目線が、僕の手首の小さな傷と僕の顔を交互に見ていた。よく観察してる、と、僕は思わず感心していた。

「いつ、見つけたんですか? これ」
「手錠でドアノブに繋いだ時」

 セックスの最中に手首を掴んで押し付けている時だろうと思ってた僕には、それは予想外な答えだった。

「あんな時に…よく見てましたね」
「この傷は割とよく見える。それに俺は目がいいんだ」

 その幸村さんの観察眼に敬意を表して、僕は素直に答えた。

「自傷です。でもこれが最初じゃない…初めてオナニーしなきゃならなくなった時、カッターで性器を切り取る想像しながらじゃないとイケなかったんで。実際、オナニー中にカッターの刃で付け根を圧迫するから、たまに切れたりしてました。この手首の傷も中2の…」

 話しながら僕は思い出していた。あの時の追い詰められた混乱、切迫感、焦燥。そしてそれにひきずり出されるようにあの時の不機嫌な隆の電話の声が脳裏に再生された。

(で? なんで好きかどうかもわかんない俺に電話してくるのよ)

 ダメだ。なにやってるんだろう僕は。なんで僕は関わってはならない人に、こんなに親切に自分の話をしているんだろうか。いきなり口が重くなり、澱んだ言葉がそのまま喉から消えていった。僕はやんわりと手首を掴んでいる幸村さんの手を解いた。そしてその記憶を傷の中に押し戻すように、胸の前で右手で手首の傷を握った。