「な…な…なにそれ!?」
「あぁ! 上等じゃねーか! お前は自分が傷つきたくないだけだろ! 自分のせいで死んだって思いたくないだけだろ! そのお前の保身とやらでこの俺の純粋な気持ちが否定されるなんて、そんなこと許されるわけねーだろ!」
「じゅ…じゅんす…えええ?!」
「純粋な愛だぞ! これが拒絶されるような世界はただの闇だ! わかってんのか! 闇のために生きれるか! 俺は自分の愛を貫いて死んだら本望なんだよこのバカ! だからお前も保身などさっさとやめろ。俺が死んだらそこで初めて罪悪感で悶え苦しんで死ねばいいんだっての!」

 あまりの独善的とも言える気迫と、憚らずに死ねと言う今までにない幸村さんの潔さに僕は一瞬たじろいだ。しかしたじろいだ自分に腹が立った。愛とかそんなのわかるか僕に!

「どっどっどこが純粋ですか! ただの身体の欲望じゃないですか!」
「お前は欲望と愛の区別もつかんのか!? 修行が足りん!!」
「冗談じゃないですよ!」
「ああ! この期に及んで冗談なんか言うかよ! せっかく逢えたのに冗談なんか」

 その言葉が終わらない内に、一瞬で僕は幸村さんに抱きしめられていた。

「なっ…」
「…逢いたかったんだよ…ほんとにまぁ忙しくて忙しくて忙しくてなぁ…仕事は好きだけど、岡本とカツ丼食いに行くヒマもないとか…死体と一緒に解剖にも行けないとか…ほんと待ちくたびれた…」

 カウンターみたいなものすごくしんみりした幸村さんの声が密着した皮膚を伝って肺の空洞に響いていた。聞いているうちに、僕の抗議の気持ちは急に削がれていった。こんな意志の弱いことではいけないと思っても、なぜかその拒絶の意志が萎えてしまっていた。どうしよう、と僕は途方に暮れかけていた。しかし一緒にカツ丼を食べたのはずいぶん前なのに、あれからずっと幸村さんはひたすら毎日あの勢いでカツ丼を食べ続けているのだろうか?

「カツ丼期…まだ続いてるんですか」
「1ヶ月前に牛丼期に突入したけどな」
「ああそう…相変わらず肉食ですね」
「そしたら俺の欲望に導かれるかのように丁度美味い牛丼の店が県道のバイパス沿いに出来てさ…吉野家とかすき家とかじゃねーやつだぜ…そん時現場が近くて部下と入って、まぁ、食ったわ。でも俺は岡本と食いに行きたい。ミニ丼あるし、少食の岡本もあれならイケるし。紅しょうがが手作りでな。甘すぎなくて俺の好みなんだ」
「味…わかりませんよ僕」
「いいんだよ。いいんだって…そんなの。口にガソリンのホース咥えてたってまぁいいんだよ」
「なんですか、それ」
「なに食っててもいいって言いたいの俺は」

 幸村さんは背中の手を下に伸ばし剥き出しの腰骨を手のひらで掴んだ。ピクッとそこが痙攣した。

「な…んか…よくわかりません」

 触られてる部分が疼く。また身体がその感覚を広げ始める。息が短くなってきた。感じていることをわかられたくなくて、僕はまた目を逸らした。