僕を止めてください 【小説】




 帰ってきた自分の部屋で、明確な理由と曖昧な感情でひとしきり泣いた後、不意に新しいシステムのことを思い出した。そうだ、次にしなければならないこと…独りで抜いて独りで終わらせるんだ。幸村さんには抱かれない。自分でどうにかできた頃の感覚を取り戻す。四つん這いのまま冷蔵庫まで辿り着いた。すがりつくように取っ手を掴み、ドアを開け、庫内奥に入っているジップロックを手に取った。ヒヤリとした感覚がほんの少し意識に輪郭を与えた。ついでに200mlくらい残っている牛乳パックを出してそのまま飲み干した。思考する隙が現れた。

 ジップを開けてまず黒いハードタイプを取り出した。オマケのローションを…どうするのだろうか? ホールに入れるのか、自分の性器に塗るのか? ローションが冷えているので、直接塗ったほうが治まりやすいかも知れない。座り込んで冷蔵庫にもたれたままズボンとパンツを一緒に膝まで下ろし、蓋を開け、柔らかいポリ容器を指で押し、張り詰めた亀頭にそのまま垂らした。最初はヒヤッとして束の間気持ちよかったが、指で伸ばしているうちに性器の熱で冷感はすぐに中和された。ローションを脇に置き膝を立てた。そして黒いホールを掴んで亀頭の先にあてがった。そして僕は人生で初めて、自分の性器を自ら孔状のものに挿入した。

「んっ…」

 先だけ入れただけなのに思ったより違和感があり、自分の手とは明らかに違う感覚が亀頭を刺激した。麻痺感は薄れていて、小脳の感覚のキャンセルがあまり作動していない。期待感と焦燥でそのままグッと奥まで押し込んだ。

「うあ」

 初めての感覚に思わず声が漏れた。ゴリゴリ感というのをそこで理解した。人の指や口腔とは明らかに違う無機的な異物感。思わず二、三回その感覚を確かめるように腰と手を両方動かして性器をしごいた。ツブツブした壁の突起が亀頭から付け根までをめり込みながら擦り上げる。内股から下腹部までゾゾッとデジタルな性感が走った。感覚野がドット化したような剥き出しになった性感…人間とやるのとは違うんだな。人間の愛撫はこのドットの間が繋がっている。だが性感には違いなく、更に何度も突き挿れているうちに興奮が増し、いつの間にか自分の股間が大きく開かれていて、快感と喘ぐ息が大きくなり、喘ぎ声の混じったハァハァ言う音が自分の耳に聞こえてくるようになっていた。

 イケるかも知れない…いや、イケる。僕はそれに少し確信めいた感じを得ていた。“誰でもいい”んじゃなくて“何でもいい”んだな…と僕は発作の概念をまた修正した。人である必要もない。早く気づけばよかった。興味がないのも考えものだ。この製品は男性にとって常識的なものらしいじゃないか。膝にまとわりついているズボンとパンツが邪魔になってきたので、片足を抜いた。