一番厄介な感情はやはり“羨望”だろう。生きているという灼けつくような先の見えない面倒さの中で耐えていると、夜ベッドの中で、このまま朝になっても目が醒めなければいいのに…といつの間にか思っている自分に気づく。生きている人達の悲しみなんか知らなきゃ良かった。最後にそう後悔して知らないうちに眠っている。そして朝、自分がまだ生きていることに気づかずに目が醒める。
サンタ・ムエルタのような老女の骸骨の腐り落ちた真っ黒い眼窩を見ている僕は、駆け上るように掛けた縄にすがり、そしてゆっくりと首をそこに通すときの空虚なまでの解放感に同調していた。そこで僕はかすかに声を聞いた。
(ちゃんと…やんなさい)
吊り下がった瞬間、フッと微笑むように老女の口角がかすかに上がった。それを見た僕は奈落の底に落ちていくような感覚で握ったメスを取り落としそうになった。優しいな…優しくて溢れてくる…弱くて優しくてなにも出来なかったんだね…何も…なにも…
なに…も…
エレベーターの中で壁に身体を預けて喘ぐ。優しさで優しさで優しさで僕もそこに吊るされて然るべきだろう? それで済むのなら、なにを捨て去って僕はこの世を蹴飛ばせばいい? 教えて下さい教えてそこになにを貴女は求めたの? 誰に言ったの? 違う、違う、貴女は奪ってやった! この世から自分自身を奪ってやった? 自分のいない世界でどのように世界が変わっていくかに賭けたの?
ちゃんと…やんなさい…
「くうっ…!」
僕はそのリフレインで腰から砕けそうになった。甘美だったなにもかもが甘美だった…弱さも弱さに勝てなかった放っといたずるさも自分で自分を追い詰めた優しさも。不完全すぎてグッチャグチャになった。僕自身の身体が腐っていくようだ…腐っているのは僕の方? いや…そんな都合のいいことは起きちゃいないんだよ!
そんな都合のいい…僕が消え去れるなど…
部屋の中で這いつくばったまま僕はひとしきり泣いた。そして思い出した。新しいシステムの試行錯誤について。



