自殺や他殺、不慮の事故に関わらず、遺体の身元が最終的に判明するのは全司法解剖数の95%から97%だった。3〜5%の遺体は、解剖の後の捜査や歯科情報やDNA判定でも判明しない。判明しない原因の多くはやはり白骨化、その次が腐敗だ。軟部組織に個人を特定する”徴し”は多く、時間が経った遺体の身元を割り出すのは、歯科での照合など、骨の徴しに頼ることになる。
屍体の身元不明者の特徴は、ほぼ『男性』であること、発見場所が『屋外』であること、死因が『特定できない』こと、身元特定が出来ない理由が『白骨化』であること、発見までの期間が『1年』近く経っていること、などである。これは関西の某法医学部の研究論文で見たことがあった。
それから考えると、今回の遺体は“女性”であり“屋外”で発見されてはいるが、死因は“(僕的に)特定されている”し、“完全に白骨化してはいない”し、発見までの期間は“3週間”である。身元不明者の条件の20%しか満たしてはいない。司法解剖だけでは無理かも知れないが、解剖と捜査で判明する確率は高いと言っていいだろう。
警察は今日から遡って3週間前後に行方不明になった75歳から80歳の女性を早速手配する方針だと言った。骨折痕から見て、整形外科の受診記録などがあるかも知れないとも伝えた。そこの線も追い掛けると警部はX線写真の複写を作成する段取りをしていた。県内の整形外科に照会依頼を送ることになろう。
怖れていた…自分が傷つけられるのを…誰かが破滅するのを…怖い…自分のせいで誰かが破滅する…怖い…どうやっても奈落に落ちていく感覚がぬぐい去れない…それは僕も知っている感覚なのかも知れなかった。
自分が生きていると誰かをダメにする。
僕はその桎梏から抜けだそうとして足掻いている。なのにこの人はかつて僕が望んでいたことをやってしまった。無力感と絶望感から抜け出せなかった。恐怖でがんじがらめ。布団で簀巻きにされたみたいに…でも最後に逃げた。あの世へ。
手足に力が入らず事故りそうになって、途中で自転車を下りた。気力を振り絞って自転車を引くと、10分後にようやく自宅のマンションが見えてきた。



