僕を止めてください 【小説】





「発見者と同じ林業組合の同僚が定期巡回で2週間前に発見現場近くを昼間に通ったと言うんです。でもその時は特に異状はなくて、カラスが集ってたとかいうこともなく行き過ぎたとね」
「2週間前では…ちょっと時期が…遺体の状態からしたら…」
「死亡推定日、もっと前ってことだしね。3週間ってのは誤差はあるんですかね?」
「短くはならないです…3週間より…もっと前からって言うことはあっても」
「それで、土の鑑定を?」

 池谷さんがはたと気がついたように言った。

「ええ…他の場所で…例えば自宅で自殺…もしくは殺害して…それを誰かが遺棄した…どの時点で遺棄したかがわかるかも知れないし、死亡現場の手がかりがあるかも知れなくて…」
「80のおばあちゃんの死体を遺棄、ねぇ…」
「…警部なら…どんな状況を考えますか?」
「いまんとこは、ちょっとわからんけどね」
「遺留品とかは?」
「とりあえずは何も出ない。服も着ていない。だから事故ではないんじゃないかってことでね」
「自殺でなければ…どうですか?」
「殺して遺棄…強盗殺人とかだろうかな」
「遺留品なくて、服を脱がして?」
「身元を隠してるってことだしな、そうしたら…身元の確定を遅らせるのが目的とか…まぁ取り敢えず今後の捜査に期待ですかな」

 もう限界。

「…では、検査の結果などまた…後ほど報告します」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様…でした」

 警察を送り出した後、朦朧としている僕に、いつものようにニコリともせず菅平さんが聞いた。

「大丈夫ですか?」
「…え…まぁ…」

 なんと答えていいかわからずにかすれた声で僕は言葉を濁した。壁に手をついていないと身体を支えられない。

「堺教授に報告してくださいね…岡本さん」
「今日は…すみません」
「教授から聞いてますから。後片付けします。帰って下さい」
「…でも…」
「帰って下さい。自殺の死体の度にずっとこんなだったんですか? なんで言わないんですか? 無理したらダメでしょう?」

 菅平さんは静かだが厳しい口調で僕に言った。僕は抗うのをやめた。

「ごめんなさい…わかりました。お疲れ様です」
「気をつけて帰って下さいね」

 先にスタッフルームに戻った僕は、そこから堺教授の携帯にメールをした。メールを打ちながらよく4時間持ったと僕は思った。これも身体が壊れる前提をスタッフに知られているということで、前よりも少しだけ余裕があるということかも知れない。戦慄く指でメールを送信して、僕は白衣を脱いだ。夕方になっていた。教授からすぐに返信が返ってきて驚いた。

“ただいま教授会中。気をつけて帰ってね。お疲れ〜”

 フラフラしながら職場を後にした。