しゃがみ込んで固まって動けなくなった僕の頭に手をのせたまま、堺教授は黙ってそのまま僕の隣に立っていた。泣いてるのをわかってるんだろうな。何も言わないでいてくれるのは…と僕は思った。そしてまたこうも思った。この人にも僕の死神の鎌が振るわれるのだろうかと。

 堺教授…幸村さん…佐伯陸…隆…寺岡さん…母さん…佳彦…

 なぜか僕を見続けてくれる人たちを死なせるわけにはいかない、と、寺岡さんの家で隆と再会して泣いた高校1年のあの日、僕は決意した。今も僕の決意は変わらない。この鎌であなた方の命を刈るわけにはいかない。

 でももし、穂刈さんの言うように、この呪いの解ける日が来るのなら、堺教授の言うように、僕が誰かに、このもらった愛のほんの少しでも返すことができるのなら…

 もしそんな日が来るのなら。

 そのためになら僕はあの人の言ったことを信じたいと、そしてそれを強く願おうと思った。

(本当に死神をやめたいなら、強く願うんだ。本当に願ったことは実現するんだ)

 どうしていいかなんてもうわからない。だから今までのやり方を変えることは、僕は諦めようと思った。だってそれが今は皆んなにとって安全だから。この人たちを危険に晒すことは出来ない。僕の呪いが解けるまで、やっぱり僕は今までのやりかたを変えることは出来ないんだ。だから答えは出なかった。きっとそれは正解なのだろう。

 でも、それでも僕に死神をやめられる可能性があるのなら。そう、それを僕は全身全霊を賭けて、願おうと決めた。その可能性に。

 だが、なにに願うのだろうか? 僕のような信仰や宗教心のない人間が、一体何にそれを願う? ただ願うだけでそれは叶うのだろうか? 穂刈さんにはナイフの神がいた。絶対に間違えないその力…僕はそれを考えた。僕が実在していると信じている神は…いるのか? …そう、一人だけ…一人だけいる。僕が存在を信じているこの世を超越した存在が。

 それは死神それ自体だった。

 僕は願った。死神、僕はあなたの仕事はもうしません。だから僕を、自由にして。もう、誰かが壊れていくところを僕は見たくないんだ。だから、僕を解放して下さい。お願いします。それが呪いなら、呪いを解いて下さい。お願いします。

 お願いします。

 堺教授の手のひらを頭に感じながら、僕はそれを何かの恩寵のように思った。そしてこの一連の出来事を起こしてくれた、このステンレスの祭壇の上の小さな存在に、僕は深い感謝を捧げた。ありがとう。君は…

 君はきっと、天使と呼ばれるものなのだろう…