とうとう言ってしまった、と思った。期待させたくないはずが半ば後悔していた。言った瞬間気がついた。これは堺教授の信頼を裏切ることだと。その考えなしの自分の言動が苦すぎて、僕は唇を噛み締めた。また言わなくていいことを言った。言っちゃいけないこともあるって、母親に言われてたのに。僕は教授の非難の言葉を待った。教授ははぁ、とため息をついて呆れたように口を開いた。

「だからぁ。それでいいじゃない。そうは見えないし、君がそう思うのはもちろん自由だけどさ。私が刀好きが嵩じて金創の研究してるの知ってるでしょ? 憧れがない研究なんてこの世のどこにあるの。まったく…ドライな現代っ子なのに、そういうとこ頑固だね、岡本君は」

 渾身の告白が“いいじゃない”の堺教授のブラックホールに吸い込まれてしまったのを僕は目の前で呆然と見ていた。

「…いいん…ですか…?」
「そんな告白を聞いたところで君に正義感がないなんて思わないよ…それにむしろ、君の屍体に対する愛情は私はいつも感心してる。ちょっと偏ってるけど。それは今後いろんな人間と切磋琢磨して否応なしに丸くなっていくから心配はしてない…まぁこの業界は変人の巣窟だから、君みたいなそんな人間ゴロゴロいる…あと…あら?」

 なぜか膝の力が抜けて僕はしゃがみ込み、ステンレスの解剖台の端につかまった。

「大丈夫? 岡本君!」
「大…丈夫です…すみません」
「まだ本調子じゃないんでしょ。無理して仕事来たのかい?」
「いえ、先生のお言葉が衝撃的で…膝の力が抜けました」
「あははは〜君、気にしすぎだよ〜。岡本君て案外可愛いところあるなぁ〜」

 そう言うと堺教授は幸村さんのようにしゃがんだ僕の頭に手を置き、ポンポンと軽く撫でた。その瞬間僕の胸の中のいっぱいになった何かが溢れてきて、ポタポタっと床に何かがこぼれた。見られたくないけど、止めるすべがなかった。