僕を止めてください 【小説】





 なぜだ。僕はどこで迷い込んだんだろう。頭が朦朧とする。寝てないからかな。考えがまとまらない。色々な考えや記憶が入り乱れてる。こんなこと今までなかった。なにを糸口にしたらいいのかわからない。身体の感覚が不意に佳彦を思い出す。もうやだ。消えてくれないか。この感覚が頭をかき回すんだ。死を忘れるほど? そんな強烈なものなのかこれは。もしかしてせめぎ合ってるのだろうか。この熱、この欲望、この感覚、この性感が僕の中の死を貪っているのだとしたら…これがこれがこれがもしや死を忘れるほど、この熱は僕を支配するのか? そしたらもしかしてこれが…

 これが生きるってことなのか?

 僕は唖然とした。まるで化け物を自分の身体に産み付けられたみたいに。
 
(いや…だ…そんなのいやだ…)

 するとその時、不意に彼の声が頭の中に聞こえた。

(嫌いなものって…ないの?)

 ないよ…なかった。なかったんだ。あなたに逢うまでは。

(でもある…あるんだ今は。見つけちゃったんだ…わかったんだ佳彦…僕はこれが…いやだ…あなたがくれたこれが!!)

 そしてその瞬間僕は、手の中のカッターを自分の手首に振り下ろした。

「あああっ!!」

 鋭い痛みの直後、当然のようにカッターの刃がパキンと音を立てて折れて暗闇のどこかに飛んでいった。そしてその暗闇の中から、携帯の鳴る音がした。