「あれ? 悶えないな」
「ああ、終わって…ますね」
「みたいだな。はぁ…良かったわ。終わった」
「いろいろ…ありがとう…ございました」
「礼を言われると、変な気分だ」

 珍しく幸村さんは続けてちょっかいも出さず、大きく息をついて僕の身体から離れて仰向けになった。時限爆弾の処理班が最後のコードをニッパーで切って、成功して爆発を免れたようなそんなホッとしたような息のつき方だった。

「幸村さんは大丈夫なんですか?」
「なにが?」
「まだ足りない…とか」
「いやもう、出しきった…つか、これ以上なんにも出ねーぞ」
「珍しいですね…」
「どんだけやったと思ってるんだ。俺は猿か」
「途中で記憶が途切れてるんで」
「3、4時間抱いてた気がするけどな。ここまで終わんない岡本は初めてだったし。気がついたら明るかったし、どうなるかと思ったわ」
「そしたら幸村さんあんまり寝てないですね…もう少し寝ましょうか」
「ああ…そうだな」
「僕も…休みだとわかったら身体が動かないし。それより身体中痛い」
「鎮痛剤飲んどけよ」
「ああ、それはいい考えですね」
「起きられるか?」
「あ、はい。なんとか…」

 ベッドから出て、キッチンで薬を飲み、水を多めに飲んだ。そこから幸村さんに声を掛けた。

「幸村さん。水飲みますか?」
「ああ、くれ」

 ビーカーにいっぱいに水を入れてベッドまで運んだ。

「お、ありがとう」
「いえ」

 幸村さんはベッドに起き上がって、一気に300mlほどを飲み干した。そして飲んでからじっと容器を眺めた。

「実験用のビーカーだよな、これ」
「ええ。ガラスのコップはメモリがないので不便ですから」
「なんか塩酸とか飲んでる気分になるわな…」
「理科室じゃないし。ただの水です」
「いや、そうだけど。高校以来ガラスのビーカーなんか使ったことねーし。イメージってもんがあるだろ?」
「そうですか? 料理用のメジャーよりメモリが細かいし正確だし、このまま火にも掛けられるし、急に冷やしても割れないし、ガラスのコップより全てにおいて便利ですが」 
「あ、そう。いつもながら合理的なことで」
「ええ。大小取り揃えてます。水分、もういいですか?」
「ああ。十分だ」

 夜はそれほど気温は高くなかったが、日が高くなって蒸し暑くなっていた。裸のまま窓際に行き、カーテンの隙間から外を見ると、まだパラパラと雨が降っていた。

「なんか蒸しますね。エアコン、ドライでつけて良いですか?」
「ああ、その方が寝やすいな」

 リモコンでドライに設定すると、ひんやりとした風が送風口から出てきた。痛くて熱を持った肌に心地よかった。

「じゃ、寝ましょうか」
「ああ、二度寝だ、二度寝……おやすみ」

 ビーカーを受け取ってテーブルに置いた後、もう目を閉じている幸村さんの隣に裸のままもぐりこみ横になった。記憶の上書き保存、どうにか出来たのかな…いつもどおりの幸村さんに少しだけ戻ったように思った僕は、少しだけホッとした。そしてそれ以上はそのことを考えられなかった。不思議となんの躊躇いもなく、再び狭いベッドの中で、僕達は二人してまたたく間に眠っていた。