「バカ! やっぱりしみて痛いんだろ?」
「大丈夫です。まだオイル有りますか?」
「いや…足りない」
「手…出して」
「よこせ。俺が自分で出す」
オイルのビンを僕からもぎ取ると、蓋を開けながら僕に訊いた。
「お前の身体…いつもより熱いな」
「さっき熱いシャワーで油を溶かしてたんで」
「熱いの苦手じゃないのか」
「ええ。でも溶かさないと」
「ほんとにバカだ、お前は」
さっきから何回言ったかわからないくらい、バカと言われ続けていたが、反論は今回は一切出来なかった。
「でも…ミントで冷えますから」
「たまたまだろ」
傷がどれだけあるのか僕にはよくわからなかったが、幸村さんが何回か右から左へ上下に手を動かしているのを感じた。背中の中央でひときわ痛い部分に手が当たった。
「うくっ!」
こらえきれず声が漏れ、僕は思わず顔をしかめバスタブの縁を片手で握りしめていた。痛みというのは思ったより耐えがたいものだと鈍感な僕が初めてそれを感じた。
「バカだ…おまえ…ほんとに」
幸村さんは呆れるを通り越して、哀れむような声で何度目かのバカを呟いた。
「いいから…つ…続けて下さい」
「ああ、もういい。終わった。流すぞ」
「石鹸で油落として下さい」
「それはやめとけ。これ以上いじらんほうがいい。どうせ吸収するだろうし、もうヤニは落ちてる」
幸村さんは再びシャワーを取り、温度を下げた。背中から僕のために調節されたヌルい湯が当たった。
「ハッカって傷口に付けてほんとに良いのか? 背中の傷、深いぞ。痛がってたところ血が滲んでる」
「さあ…オイルがそれしか無かったから…どうかは知りません。殺菌はするみたいです。傷のことは後で調べます」
「酷くなっても知らんぞ!」
「仕方ないです。僕が悪い」
「出たらもう一回手当だ。血が出てるから深いところ塞いでおいたほうがいい…例の軍隊式で。ほら、流したぞ。風呂から出ろよ」
幸村さんからバスタオルで拭かれ身体が動く度に、流す前とは比べにならないほどの胸の傷の痛みが襲ってきた。穂刈さんの軟膏がいかに痛みを抑えていたかがわかった。しかし背中の方はそれほど痛くなかった。石鹸で洗っていなかったのが良かったのか、それとも石鹸で落とさなかったミントの冷却力が効いているのか。拭かれ終わったあと、幸村さんが床に置いたミントの瓶を取り、蓋を開けて手に取り、胸にもう一度薄く塗りこんだ。しみる…でもヒリヒリするのとズキズキするのとでは痛みの質が違った。



