僕を止めてください 【小説】




「やめてくれ…」
「背中がまだ落ちてない」
「もういい」
「ダメだってば! 落ち込んだ幸村さんなんて…今まで見たことなかった…そんな風にさせたのは僕だから…ごめんなさい…できること何にもないんだ…だからせめてこれだけでも落とさなきゃ! バカなことしたからしょうがないんですから!!」

 力ずくでシャワーヘッドに両手を掛け、僕は幸村さんから必死にそれを取り上げようとした。だが、幸村さんの腕力には全く歯が立たなかった。僕は動物園の猿みたいにシャワーヘッドにぶら下がっているも同然だった。

「…背中の…落とせば…風呂から出るのか?」

 歯の立たない僕の、勢いと気持ちだけが幸村さんに届いたようだった。

「はい…出ます…」
「わかった…俺が落とす。やり方教えろ」

 これを幸村さん自身に落とさせるのかと思うと身震いした。
 
「ごめんなさい…こんなことさせたくない」
「でも背中は出来ねーだろ」
「出来ません…」
「じゃあ諦めろ。俺も洗わないで引っ張りだすの諦めるから」

 呆れたように言う幸村さんはシャワーの栓を閉めた。お湯が止まったので僕がおずおずと両手を離すと、幸村さんはようやくシャワーヘッドを壁に掛けた。

「どうやんの?」
「……」
「いいから教えろ」

 いつまでも黙ってるわけにいかず、僕は小さな声で幸村さんに言った。

「あの…手の平を出して下さい」
「こうか?」

 差し出された右の手のひらに、タイルに転がっていたオイルのビンからタラタラっとミントオイルを垂らした。

「うわ…すげぇ匂いだな」
「これ…背中の傷に沿って塗って」
「これをか? これしみるぞ!?」
「塗って下さい!」
「…わかったよ」

 僕がしゃがんで背中を向けると、躊躇いながら幸村さんは手のひらを背中に置いた。

「んっ…」
「大丈夫か?」
「へ…平気です」

 手を置かれた皮膚が、変な性感とヒリっとした痛みの混合された感覚に疼いた。幸村さんが一気に手を傷に沿って滑らせていく。しみる…背中の傷は胸より深いようだった。ところどころで今までにないズキッとした深い痛みが走る。その度に背中がビクッと震えた。