僕を止めてください 【小説】




(一日は風呂に入るなよ)

 穂刈さんは傷口に軟膏を塗りこみながらそう言った。血は止まっているが、傷口が開いて痛みが出ると。1日は無理でした穂刈さん。もうあなたの痕跡は拭い去らなければなりません。折角手当してくれたのにごめんなさい。

 石鹸で溶けた油を洗っていく。石鹸もアルカリなのでかなり沁みてきた。心拍と同じ脈動が、皮膚の表面で脈打つ。その間にも扉をドンドン叩く音がしている。背中の傷をどうやってオイルで洗うか、それが今、いちばんの問題だった。そのうち。ドンドンが静かになったと思うと、ガチャッという音がして、内側から掛けたロックの頭が回った。幸村さんが外から硬貨か何かでロックを解除したようだった。バンッ!という音がして、浴室のドアが開いた。

「なにやってるんだ!?」

 血相変えて飛び込んできた幸村さんがいきなり顔をしかめ、腕で自分の鼻と口を塞いだ。

「うわ! ミント臭せぇ!」
「まだ…終わってません…勝手に開けないで待ってて下さい」
「お前なにやっ…え? まさかおい、身体洗ってんのか?」
「背中…洗ったら終わりますから…だから待っていてくれませんか」
「馬鹿野郎…お前、傷が開くぞ!」
「構いません…匂い…落とさないと…幸村さんに…申し訳ないから」
「やめろ…折角薬塗ってあるんじゃねぇか! 悪かったよ…俺があんなこと言うからだろ? もうやめろ。やめてくれ頼むから」
「ダメなんです…これ…ちゃんと落とさないと…こういうことがどんどん積み重なって…耐え切れなくて心が折れるから…僕といると傷つくから…でも…もう…遅い…こんなことして…なんになるんだって思います…でもこれしか…僕出来ないし」
「いいからやめろ!」
「背中を…落とさないと…背中は手が届かないとこ多くて…どうやればできるのかわからなくて」

 幸村さんは水に濡れないようにか、Yシャツを脱ぎ、上半身裸になった。

「早く出ろ!」

 そう言うと、僕の泡だらけの手を引っ張り、浴室の外に引きずり出そうとした。

「だめです! まだ、まだ残ってる…!」
「いいから!」
「良くないよ…全然良くないですから!」
「俺がいいって言ってるんだぞ?」
「我慢しないでよ!」
「俺が悪かったって!! この頑固野郎!」

 幸村さんはそう叫びながら脱衣所にズボンとトランクスと靴下を脱いで放り投げた。裸になった幸村さんは浴室に入り、僕の身体で泡立っている石鹸をシャワーで落とし始めた。

「まだです!」

 僕は幸村さんの持っているシャワーヘッドを掴んで引き下げた。シャワーの飛沫があらぬ方向の壁に当たった。