(大事なことは強く願うことだ。望んでないんだろ? 君は人の死を)
自分を棚に上げて人を説教した、違和感の元凶である淋しい男の顔が目の前に幻のようにチラついた。そうだ。よくよく考えてみれば、穂刈さんが僕にそんなこと言えた義理か。自分だって願えばいい。そんな切ない声で、もう少し一緒に居たかったとか言うくらいなら!
さっきまでのことが走馬灯のように目の前を駆け巡った。それを見ているうちに、違和感に加えて僕のみぞおちのあたりから理不尽な怒りがこみ上げてきた。
「…それなのに…なんなんですか…自分じゃ後腐れなく一晩だけとか言ってる見ず知らずの男に、カレシ作ってしてもらえ、とか…愛さえあればそんな呪いなんか乗り越えられるとか…勝手なことさんざん言われて…説教されて…自分が何してるって思ってるんだ…ふざけてる…ホント…ふざけてる」
「おい、お前が怒ってどうするんだ。俺が怒ってるん…」
「冗談じゃないですから!」
幸村さんが口を挟んだが、そんなことどうでもいいほど僕は怒っていた。
「どうすればいいんですか! 僕の呪縛そのままで僕がカレシなんか作れるわけ無いでしょ! 強く願えば叶うって…いつ叶うんですか! 僕が何人の死人を見送る間にそれが成就するんですか!? 恋愛感情は持ち合わせてない、生きている人に興味はない、それでも関わって大事にしてた人は僕のせいで死に急いで世界から消えていこうとする、そんな中で誰と僕は一緒に生きていけるんですか!」
「…おい…岡本…」
驚いたような声で幸村さんが僕の肩を掴みかけた。指先が触れた途端、それだけで触れた部分に痺れが広がり、くすぶっていた疼きが頭をもたげた。慌てて僕はその手を払いのけた。払いのけて、ハッとした瞬間、僕は幸村さんの顔を見てしまった。拒絶されて苦しそうな顔を初めてした幸村さんの顔を。
「やめてよ…一番分かってないのは幸村さんでしょ! なんでわかんないんだ! 幸村さんが死ぬのを僕は見たくないんだ! それがどれだけ悲しくてやりきれなくて死んでしまいたくなるのか、これ以上誰にどう言ったら分かってもらえるんだ!!」
僕は自分の両手に顔を埋めた。今日は涙腺のゆるい日だから、それだけで泣いてしまいそうだったから。
知ってる。僕のなにかがどこかで間違ってるんだ。だけど、それがどのピースなのかわからない。穂刈さんはその何かを僕に見せた。それはナイフで切られるより痛かった。その傷は深くてとても古い。その痛さを僕は感じなくしてる。感じなくしてるからこそ僕の感覚は鈍くて人と違っている。人が感じて幸せなものを、僕は苦痛に感じている。
でも、もしそれが傷であるならば、それが癒える気が到底しなかった。いままでそれを傷とすら思ってはいなかったのだから。僕は顔を上げられなかった。感情に耐えながら息だけが上がっていく。今までなら拒否して拒絶し続けることになんの躊躇いもなかった。だが今は…。穂刈さんの言葉が、僕の拒絶の根底を揺るがせた。だが、それを盲目的に信じるには、見知らぬ異国の神を何の説明もなしに信じるくらいの、暴力的な信仰心が必要だった。
サーッと雨の音が窓の外から響いてきた。音のない部屋の中に、急に降り始めた雨の音だけが満ちていた。そして幸村さんが、その音に紛れて口を開いた。
「今、お前のこと…抱いたら…お前が傷つくんだろうな。わかってない、って俺が…でも今、こんなお前を…俺は放って置きたくない」



