不毛さ…荒涼としていて愚かなくせに優しいふりをして、でもそれ以外に変わりようがないそれ。それを僕は穂刈さんに見せつけられたような気がした。割れた鏡のように自分を映しながら突き刺さる痛みのようなもの。嫌なものだ。とても嫌だ。こういう茶番はとてもとても嫌だな。まるで佐伯陸の家で見たデジャブのようだったが、この感覚は無限ループのような閉じられた時間の感覚ではなく、合せ鏡の無限の虚像のような、囚われた空間の感覚だった。時間と空間で世界が成り立っているならば、この時空は一体なにを指し示しているんだろうか。
悲しすぎる。不快なほど。それに耐え切れなくなりそうな自分も。
いつの間にかスタート地点のスーパー丸屋のパーキングの中にいた。トミさんはいつの間にかグラサンを掛けなおし、後ろを向いて、降りられるか? と僕に訊いた。重くてだるい身体をようやくのことで起こしてシートに座った。はい、どうにか…と言うと、家まで行かなくていいのか? と不機嫌そうにまた訊かれた。
「いえ…待ってる人がいるので…マズいです…モメます…格闘技やっててかなり強いんで、トミさんが大変ですよ」
強行班の班長だけあって、幸村さんは柔道は四段、剣道は二段で、ここの県の選手だったことがあるという話を同僚の警察官から聞いたことがある。包丁持ってる強盗を素手でのしたとか、いろいろ武勇伝があるらしい。陸自でもずっと空手やってた小島さんとどっちが強いかとか、思わずその時想像してしまった。ちょっとビビった様子でトミさんがまた訊いた。
「いや、そういうことじゃなくてよ…てか、歩けんのか?」
「歩けます…歩きますから」
後部座席のドアを開けて、アスファルトに着地した。ふらついたが、取り敢えず脚が前には進む。発作がすっきり抜けたわけじゃない火照りのようなものが皮膚に残っていたが、力が抜けるほどの性感ではなかった。
「大丈夫です。ありがとうございました。お気をつけて」
「早く行けよ」
僕がドアを閉めたのを合図に車は動き出し、もと来た道を帰っていった。僕は車の姿が消えたのを見届けた後、フラフラとマンションに向かって歩き出した。見慣れた道を壁を伝って普段の半分のノロさで歩いていった。最後まで、トミさんが名前なのか、苗字なのかを聞く機会はなかった。聞いても覚えられていたかどうかは怪しかったが。それに、せめてトミさんがいる組の名前でも聞き出しておけばよかった。でも今更それがなんになるのだろうか。
自宅のマンションが見えてきて、ようやく玄関にたどり着いた。ふらつく足元を確かめながらアプローチの数段しかない低い階段を上りきり前を見ると、エントランスの壁にもたれてで背の高い男の人がタバコを咥えながら立っていた。僕の姿を見つけると、タバコをエントランスの灰皿に捨てた。そして無表情で僕に近づいてきた。幸村さんだった。タバコを吸う彼を僕は初めて見た。



