そんなことを言った人は初めてだった。自分で死を生み出している人とは思えなかった。いや、この人が死を生み出しているのではない…この人はナイフの声を聞いているのだ。ナイフの可否で仕事を断り積まれた大金が泡と消え、ナイフの声で誰かを殺し、そのせいで逆に命を狙われることもあるだろうに。親を殺され、恋人を殺され、それでもこの稼業を続けていったのには深いわけがあるんだろうが、その心が潰れるほどの悲しみを、今この人から感じなかった。一抹の淋しさという形で。一体なにを超えると、こんな風に成れるのか、僕は人間の善悪を超えた存在の仕方を垣間見たようにすら思った。ある意味それは、屍体と似ていた。
「……穂刈さんは…優しい…ですね」
「優しくはないよ。合理的なだけだ」
誰かに自分が言ったことを他人から耳で聞いた。それは照れてるようにしか聞こえなかった。
「…ヤクザとは…思えませんが」
それを聞いて穂刈さんは笑った。
「俺は一匹狼なんだ。堅気じゃないが組織に依存してるわけじゃない。俺はどこに行っても客人だ。雇い主は今回みたいにヤクザが多いけどな。でも堅気の裏の仕事もある…堅気なんて表の顔だけどな」
「そんなに話して…いいんですか」
「なんか知らねーけど、君にはなんか言っちまった…はは」
「僕が今から警察に駆け込むかも知れないのに?」
「ふぅん…でヒロシ君はゲイの掲示板で男漁って抱かれて散々よがって、縛られて股開いてヨダレ垂らしながら抜いて下さいって叫んでた、って供述してやろうか?」
「…遠慮します」
「まあ、俺はいつ捕まっても後悔はないけどな。それも運命だ…君にタレコマれたら本望かもなぁ。でもたぶん、警察もいろいろヤバい事になるだろうよ…俺のクライアントはちょっと厄介揃いだし…俺のこと誰もタイホしてくんなかったりして」
穂刈さんは意味深にニヤッと笑った。証拠もないのに警察にタレコむつもりなど無かったが、もしこの状況でそれをやったら、闇に守られてる穂刈さんより、僕の社会人生命が一瞬で終わる方が先のようだった。
「だからさ…帰んなよ。俺のナイフは十分だって言ってる。楽しかったよ…ここでの最後の日にいい思い出になった。俺のナイフに血を吸われた奴は俺のことでは死なないから安心しなよ」
「穂刈…さん…」
その言葉を遮るように、再び僕の携帯が鳴った。僕は黙ってそれをやり過ごそうとした。すると穂刈さんは立ち上がってスタスタと脱衣所に入っていき、僕のチノパンを掴んで戻ってきた。そして僕の前でポケットの中から勝手にそれを引っ張りだし、立ったままいきなり電話に出た。



