僕を止めてください 【小説】




「さて…風呂でも入るか。君の身体をどうにかしてやらんとね。あ、俺は穂刈。稲穂の穂に刈り取るの刈でホカリだ。よろしく」

 穂刈さんはそう言うと、僕を手招きして部屋の奥に入っていった。着いていくと、奥から先は露天風呂になっていた。風呂は苦手だった。温泉は熱いものは特にダメだった。水でうめて洗うだけ洗えばいいか、と、脱衣所で彼に倣って服を脱いだ。だが、後ろを向いた穂刈さんの背中を見て、思わず、あっ…と小さく声が出た。

「どうしたの?」
「…河鍋暁斎の…髑髏」
「へぇ。詳しいね」

 それは僕が小さい頃から図書館で度々眺めていた幕末から明治期にかけて活躍した浮世絵画家、河鍋暁斎の『髑髏と蜥蜴』だった。穂刈さんはヤクザらしく、背中一面に刺青があった。僕は“生きている人の刺青”を初めて見たが、それはよくある桜吹雪でも、獅子でも龍でもなく、なぜか河鍋暁斎の大和絵の髑髏だった。野ざらしの髑髏の目を抜けて、トカゲが遊んでいる。髑髏の絵は、洋物和物を問わず良く閲覧したが、河鍋暁斎はされこうべや骸骨や地獄絵図を好んで書いた。梅雨の大雨で神田川が水かさが増えた時に、そこで拾った生首を写生し周囲を驚かせたという伝説があるような人だった。

 その暁斎の髑髏が今目の前にある。それは刺青とは言え、とても良く出来た模写だった。

「触ってみるかい?」

 ボーッと見とれている僕に穂刈さんが言った。

「…いいんですか」
「ああ。これ見て暁斎だなんて言ったヤツ、あんまりいないよ」

 僕は言われるままそこに手を伸ばした。指先が震えながら皮膚に触れると、穂刈さんがはぁっ…と息をついた。僕自身ももう立っているのが限界だった。心ならずも指先は穂刈さんの背中を伝って、そのまま身体が脱衣所の床に崩れ落ちていった。

「おっと…」

 膝を着く瞬間に、穂刈さんの腕が僕の脇を支えていた。

「す…すみま…せん…もう…限界」
「わかったよ。メガネ、取るよ」

 身体を支えられながら、浴場に出た。穂刈さんは細かったが、全身筋肉のバネで出来ているような身体をしていた。鍛えている人の体だった。カランの前に座らされ、後ろで抱えている穂刈さんに石鹸で全身を撫でまわされて掌で洗われていた。全身の皮膚がわなないて、座ってもいられなくなりそうな快感に包まれていた。声が勝手に漏れた。背中がのけぞる。

「あっ…あっ…あっ…」
「これ、発作なのかい? ほんとに」
「発作…です…自分でコントロール…出来ないんです」
「なんでこんなことになるの?」
「あるものを見ると…必ずなり…ます…あうっ!」

 彼の指が僕の硬い性器を捉えた。喘ぐそばから鈴口を指でクニクニなぶられて、僕の頭の中は思考が飛びそうになっていた。出そうになる。出してくれるんだ…もう終わる…もうすぐ…

 だが、さすがにSというだけあって彼はいきなり指を離し、僕をじらしに掛かった。寸止めされた僕は耐えられずに目の前のシャワーの掛けてある金属のフックをシャワーのノズルごと両手でつかみ、身体を支えた。その空いた両脇から手が胸に伸び、石鹸でヌルヌルの両方の乳首を指でこね回された。頭の芯が痺れて気が遠くなりそうだった。その耳に口をつけて、穂刈さんは僕にわざと尋ねた。

「それってなに?」
「あ…んあ…あっ…ああ…あ…」

 気の遠くなるような愛撫に喘ぐばかりで、言葉が出ずにうまく答えられない。それでも穂刈さんは僕にわざと言わせようとした。

「教えてよ…あるものって?」
「あう…はぁ…はぁ…じ…自殺の…屍体…」

 彼の動きが止まった。