ヒロシ…と呼ばれて思い出した。ああ…そうだ。本名を名乗りたくないので、僕が日常的によく間違えられる名前の呼び方を採用したのだった。裕はユウよりヒロシのほうがメジャーなのだ。
「あ…ああ…はい。そうです」
振り返るとそこには五分刈りの頭に薄い色のグラサンをした、あまり堅気の人とは思えない若い男がズボンのポケットに手を入れて立っていた。この人が掲示板に書いてあったハンネの“S.H”さんなのだろうか。
「後ろの席に兄貴が乗ってる。隣に乗ってくれや」
「…はい?」
一瞬意味がわからず、聞き直したがそれには答えず、グラサンの人は後部座席のドアを開けた。後部座席にもう1人、男の人が乗っていた。これが兄貴だろう。佐伯陸が言ったように、蓋を開けてみたら3Pだった…と言うケースに違いない。複数か…初めてだな…一体どうなるんだろうか。と、僕は想定外の事態に戸惑った。仕方なく僕は挨拶しながら後ろの男の人に頭を下げた。
「こんばんは…」
「どうぞ。乗って顔見せてよ」
「はい…お邪魔します」
案外気さくに物を言う人だった。グラサンの運転手が前に乗った。一刻も早く座りたくて、僕も黒シャツの人の左隣に座った。品定めをするように、その人は僕をじっと見ていた。まだ車は止まっていた。上から下まで僕を眺めると、また僕の顔を見て少し微笑んだ。
「うん…いいな。君で良いよ。君は俺でいいかな?」
意外にもその人はすぐに連れさることもなく、僕に選択権をくれた。俺、ということは、俺達、ではないのだろうか?
「…はい」
「じゃ、よろしく。ああ…トミ、車出せ」
「はい」
グラサンの人はトミと呼ばれた。品定めが終わったようで、僕を下ろすこと無く車は走りだした。



