僕を止めてください 【小説】




 冷蔵庫にもたれたままシャツのボタンを上から外し、ベルトを外しズボンをボクサーパンツと一緒に下ろした。むき出しになった堅くて尖った自分のペニスがビクンビクン脈打っている。いつもの光景だ。握っても感覚が鈍い。性器だけじゃない。手の感覚も鈍麻している気がする。青木三穂の時のような異常な乖離感はないのに、いつイケるのか途方に暮れるような感覚の不確かさだった。全身を襲う快感の波はそれに連動していない。まるで僕を拒否するかのように、性器はただ堅く勃っているだけで手でしごいても反応しているのかどうかも定かではなかった。

 ほら…やっぱりダメなんだ…無力だ僕は…自分の身体すら思うようにできないのだから…

 耳の中の自殺者の囁きと自分の独白が混じり合っていく。幸村さんの顔がチラついて、僕は自分を呪った。否定しても否定しても彼の言葉が僕に隙を作っている。俺が責任を取る…それは僕にとって、ある時期心の奥で一番欲していた言葉だから?

 責任取って…ちゃんと殺してよ…よしひ…こ…

 もうどうでもいいはずのそれが頭の中で混線している。責任は責任でも大きな違いだ。それにもう、どっちの責任も僕には要らないはずでしょ? と僕は自分の下らない頭の中の混線を大鉈でぶち切りたかった。それを現実に持ち込むには未だかつて無い飛翔と冒険が要る。誰の責任も…自分の責任さえもうやむやにしてしまえるかもしれない魔法のような、しかし、魔法のように非現実的な作戦。

 佐伯陸の使っているサイトで、誰か相手を探すこと。

 この考えがまだ生きていることに、そしてそれをこの状態から思い出したことに、僕は自分が案外しぶといと知った。発作時にどう僕が反応するのか見たい。それがいつもの性欲の欠片もない時には妄想もできなかった僕の確認事項だ。パソコンを立ち上げる必要がある。テーブルまで行かなきゃ…

 服をはだけたまま這って、ようやくテーブルのノートパソコンを立ち上げた。ブクマをひらくとそこにこの前見た掲示板の入り口が示される。ENTERの文字をクリックする…半裸のマッチョな外国人のゲイが二人で絡んでる画像の下に、前回見た時と同じように、あけすけな欲求をてらいもなくぶちまけたような投稿が時系列順にずらっと並んでいた。その文字が案外頭に入ってこなくて、荒い息をつきながら僕は漫然とその画面を眺めていた。

 意味が入ってこない視覚情報に、身体の拒否を感じた。不意にこの前の会陰に押し込まれた指の感覚を思い出してゾクっと身体が震えた。僕は幸村さんの映像を頭から追い払った。ダメでしょう? わかってるよねそれはダメだって…

 性感に朦朧とし始めた意識を取り直す。掲示板にもう一度目をやると、先頭に新しい書き込みが更新されていた。

『一晩限りで付き合える20代のM求む。当方30代S。後々引きずる人はNG。ハードな行為でもOKで無口な人に限る。足場所有り。◯◯駅近くで。早急に返信希望』