僕を止めてください 【小説】




「傷口見てわかるんですか…凄いですね」
「一瞬で見分けるなんてことは出来ないけどね。色々見ていくうちにだんだんどんな刃物かぼんやり浮かんでくるんだなぁ。君が自殺の屍体を何故か鑑別できるのと同じようなもんかもね。あんまりおおっぴらには言わないけど。捜査が偏ったり先入観になるとマズいでしょ」
「それはそうですね。そういう非科学的なの嫌いな人も居ますし」

 と、僕は苦々しい思い出が脳裏をよぎった。

「君もわかるでしょ。さてさてこれは…えっとね、《桜》っていうデザイナーズ・モデル。桜には2種類あってね、例の売人さんの前からの刺創はこれのG−10ってやつね。後ろのは多分、桜のブレード長が少し短くて刃が5ミリ薄い桜−2だと思うんだ。金口に桜の彫刻がしてある。綺麗だよ。桜は伝統的な日本刀の技術が生かされてる良いモデルだよねぇ」

 うっとりしている堺教授はなおも続けた。

「でもね、刃物がいいからって金瘡が美しいというわけじゃない。そこには刺すときの手練の技が必要なんだよね。人を殺すって言う時に武士でもあるまいし、刃物を持って人を実際に刺すってのは誰でもビビるもんさ。あとは狂気で死にものぐるいに刺しまくるタイプ。でもこれも臆していないだけで金瘡が美しいとは言えない。つまりここに来る金瘡の遺体で、美しいものなんかにはなかなかお目にかかれないって言うこと」
「でもそれがあった…んですよね」
「そうそう。よっぽど殺し慣れてるか、訓練が行き届いてるか…G・サカイの桜で、この仕事。冷静沈着で人殺しにまったく動じない奴の仕業ですよ、これは。後ろの傷は全く違う。シロートさんの仕事だね。仕事とも言えない。初めて生きてる人を刺したんじゃないかとか勝手に想像しちゃうよ。きっとこのナイフの達人に『人刺す練習だ』とかなんとか言われてさ」
「ああ、ありえるかもです」
「まぁなんにせよ、そいつらは隠れちゃったけどね。どこに行ったんやら」

 不満そうに堺教授はギコギコと椅子の背もたれを揺らしていた。