しかしだからといって、一旦開いてしまったドアは簡単に封印されるわけもなく、僕は佳彦がこじ開けた“性感”という部屋に独り取り残されたみたいだった。自分の手元にあの写真集がなくて本当に良かったと、僕は震えながら思った。

 夜中、ベッドの中で眠れない時間に不意に思い出してしまう。あの指の感覚、あの全身を走る痺れ、殺しちゃうよ…と囁く声。僕はなぜこんな生々しい思い出を大事に取ってあるんだろう? もっと乾いていて、もっと動かない、冷えきっていて、もっとずぶ濡れでただ朽ちていくだけのあれを僕に…返してくれ。

 それは、僕が生きているからだといつもいつもそこで思い出す。もう一度なにも話さない屍体に戻りたい。そう思ってもいなかった、自分を世界の外側に置いていた、自分という意識すら無かったあの頃に僕を返してくれ。

 上がっていく息、上がっていく体温、熱…

 やめて。もういいから。そこから僕は生まれつき転落していたんだろ? なぜ今ここで僕はこの熱を感じなきゃなんないんだ。

「やめて…もうやめて…」

 殺してくれたのに。もうちょっとで彼は僕をその冷たい立ち位置に戻してくれたのに。なんて皮肉なんだ。あんなに望んだことを僕も彼も僕も彼も僕も彼も僕達は正真正銘鍵と鍵穴だった差して回してくれたら二人で天国に行けたんだよ…違うの? 佳彦?

 今頃きっとあなたも気が狂ってるんじゃないの? 僕は起き上がって机の上のカッターを握りしめた。