その日の夜、家でぼんやりベッドに寝っ転がっていると、携帯が鳴った。見知らぬ番号からだった。寝転んだまま出ると、聞き慣れた声がした。
「もしもし岡本君? 俺。幸村」
「あ…なんで番号知ってるんですか?」
「陸から聞いた」
勝手に教えたのか…と僕は大変残念な気分になった。
「後で抹消して下さいね」
「やだよ。もう遅い」
「人のプライベートを何だと思ってるんですか」
「まぁ、その話は後。例のDTの件で陸から電話があった。君が陸を説得してくれたんだってな。礼を言うよ」
「ああ、早速連絡したんですか…」
早いレスポンスだった。しかしどう処理したんだろうか。
「佐伯君はお咎め無しですか?」
「当たり前だ。匿名のタレコミって形でな。あの世界は蔓延してるから、早くにDTが入り込むのはわかるけどさ。麻取に情報行ったわ。誰かがその掲示板経由で売ってる可能性もあるしな。そろそろ厚労省がDT含む指定薬物の省令出すらしいから、取り締まりやすくなるだろ」
都合上、その掲示板のユーザーが薬物的に浄化されるのは僕的にも都合が良かった。といってもそんな掲示板を使える気力はいまのところないが。
「お役に立ったなら良かったです」
「俺は話し聞いて冷や汗かいたけどな…」
「僕も県警の長谷川さんが持って来てくれたDTの資料見て、正直厄介な話だと困惑しました。佐伯君の仕事の内容からして、彼はなんであんなガードが弛いのか、なんでクライアントはもっとセキュリティ対策を佐伯君自体に万全に行わないのか、もしくは他の人間にコンバートしないのか、全く理解に苦しみます」
「俺も全く同意見だがな。まぁそれだけやつがあの分野で特に優秀なんだろうよ。問題有りでも採用せざるを得ないってやつなんじゃないのか」
「問題点が“ど淫乱”でも?」
「さぁな。そこまではもう俺にもわからんさ。だけどさ、君が陸と会ってから確実にセキュリティは改善したんじゃねぇか? なんかやけにアイツ君に入れ込んでるしな。恋愛じゃないとか言ってムキになってたけど」
「僕がロシアの二重スパイなんかじゃなければ、ですけどね」
「…なかなか味のある皮肉だなそれは」
「お褒めいただいて」
「……いや…あぁ…」
幸村さんが変な口ごもり方をした。まさかこんな冗談でまた僕にわけのわからない嫌疑を掛けるのか?
「あの、もう犯人扱いはイヤですからね。懲り懲りですから」
「まさか…それはない。それはないけどな…まぁ、いいわ」
「なにか…あるんですか、幸村さん」
含みのある言い方に僕はそんな印象を持った。幸村さんは笑った。
「はは…ツッコむな。妄想だよ、妄想」
「そうでもないんでしょ」
「まぁ、わかったらいづれ、な…まぁ今日は話せてよかったよ。君の声聞くと癒やされるわ。最近出張多くてなぁ。九州とか東京とか…さすがに移動が多いと疲れるわ」
「お疲れ様です。用件は終わりましたか」
「ああ。時間取らせた。ありがとうよ」
「じゃあ、切ります」
「じゃあな」
何の妄想なのか良くはわからなかった。だけどなにかに気づいたのは本当だろう。DTの件だろうか? だが僕にはそうじゃないように感じた。通話を切ってそのまま携帯をベッドの脇に置いた。『お前』が『君』に戻ってたなぁ…怒ると『お前』になるのか…そんな下らないことを考えながら、僕はうっすらと残った腕の傷痕を眺めていた。



