僕を止めてください 【小説】




 塚本さんが帰ってから遺体の片付けと保管を行った。終わってから教授室に報告に行った。

「いやいや…こんな田舎でも呉越同舟のヤクザの勢力分布がまた変わってくるなんてね。世の中諸行無常というか…弱肉強食というか」

 堺教授は四文字熟語を巧みに使いながら呆れたふうに言った。

「ハグレチャイナってチャイニーズ・マフィアから追放された人たちとかですか?」

 と、僕は話の中でよくわからなかった単語をようやく尋ねることが出来た。堺教授は僕の質問に訝しげな顔をした。

「は…ハグレ?」
「ええ」
「ああ〜それはね、『半グレ』だよ」
「半…グレ? 半分グレーゾーンとかですか?」
「いや、半分グレた若人たち」
「半分って」

 なんだか要領を得ない用語に思考力が削がれる。

「定義も曖昧なんだけどね、堅気とヤクザの中間というか、まぁグレーゾーンてのもあながち間違いじゃない。でも組織犯罪としてはかなりな力がある。暴力団には所属しない。むしろバカにしてる。で、暴対法が施行されてヤクザが弱体化した結果、歯止め無く凶悪な犯罪を繰り返す集団が勃興したってわけ。暴走族上がりの若い連中が多いみたいね。オレオレ詐欺なんてそこの得意技だよ」
「それのチャイナっていうのは?」
「日本人の組織と、中国系の組織があるのね。チャイナ系の方が今は力つけてるらしいけど。そこが危険ドラッグのルートを仕切ろうとしてるのが最近の動向らしいよ。裏ではチャイニーズマフィアと連携があってね。危険ドラッグの原料はほぼ中国経由だし」

 用語と組織の成り立ちはなんとなくわかってきた。

「で、要は危険ドラッグの販路拡大のために、こんな田舎まで来たというわけですか」
「田舎はよそ者にはキツイし、古いヤクザが根を張ってるから今までは入りにくいとされてきたけどね。でも合法ハーブって言われてた頃の若い人たちの危険ドラッグの蔓延の仕方がかなりな勢いで、潜在的に全国区で愛用者が広がったらしいのね。ほら通販とかで買えるし。そこに暴対法の適用で古いヤクザの組織がガタガタになったから。だから新興勢力が入り込める隙が出来ちゃったらしい。売れば買いたい人がどこでもいるんだもん」
「で、以前はさっきの遺体の人みたいな半グレでも組員でもない人が売ってた危険ドラッグが、薬事法の改正でどんどん店も通販も壊滅してったから、その…中国系の半グレ?さんたちが扱い始めたんですね」
「そうそう。それが地下に潜った、ってやつですよ。裏社会が危険ドラッグさばき始めちゃったわけ」
「シロートが売らなくなった分、古いヤクザ連中も裏で扱い始めたから、質のいい在庫持ってた遺体の人があっちにもこっちにもいい顔して売りますよって言って…値段釣り上げたりしてたんですかね?」
「どういうトラブルかはまだ分かってないみたいだけどね。それさっき、君が口挟んだじゃない? 岡本君、あまり分かってないのによく推測だけできるねぇ。結婚披露宴のケーキの入刀って…グロいよその比喩。“初めての二人の共同作業です”とか言っちゃうの?」

 いい加減なこと言ったことがバレて、ちょっと恥ずかしかったが、なんとなくそう思ったんだから仕方ない。

「…グロいけどね、まぁ、一緒に刺したっていう感じはわかるのね、私は」
「あの…なんで堺先生ってそんなに刺創とか切創がお好きなんですか?」

 僕はかねてより聞きたかった謎を本人に尋ねてみた。