僕を止めてください 【小説】




「腹側から刺したのをAとして、背側から刺したのをBと呼ぶとすると、Aの方が明らかに刺し慣れてます。傷がきれいで上下のブレが少なく、深さがある。そして背が低い…Bの傷は浅く、刃物は鋭利なのに、傷が汚いですな。両方ナイフのようですが」

 塚本さんは身体の前後の傷を交互に見比べた。堺教授は続けた。

「前からの刺創は書いてある通り、小腸を貫通して腹部大動脈を損傷しています。これが腹腔に大出血をもたらし、致命傷となっています。これを見越してここを狙った感がありますね。背中は筋肉が堅く肋骨もあり刺しにくいですが、場所を知っていれば腎臓、肝臓の損傷は可能です。しかし背骨に近い背筋群を刺し、貫通していないで上にブレている。腰椎に届いてもいない。それが床の血痕が後方に移動していったことの原因でしょう。前からの衝撃のほうが強かった。それで仏さんが後方に押された」
「なるほどね」
「身長差がありますね、この二人は。そして背の低い方が主導権があるような感じです」

 それを聞いた塚本さんが遺体の背中を見ながらコメントした。

「背後に2箇所あるのは、刺さらなくてBが焦ったんでしょうかね。で、慌ててもう一度振りかぶって心臓の裏を突いて、ナイフが肋骨で止まったって感じかな」
「おそらく…私も同じこと想像しましたよ」

 堺教授が相槌を打った。塚本さんはまた考え込んでいた。

「Aは独りでもやれた…でもBを連れて行った」
「なんで犯人の特定がこんなに遅れてるんですかね。証拠がなくても誰がどうしたとか、それぞれの組の担当の刑事さんならとっくに噂くらいは聞いてるでしょ?」

 と、暴力団関係者の司法解剖に慣れてる堺教授は不思議そうに塚本さんに訊いた。 

「今回は情報がね…さっぱりなんですよ。フツーなら敵対組織の殺しなんて当然漏れてくる時間なのに、頼みの地元の組の連中からこぼれてきやしない」

 頭を掻きながら塚本さんはため息混じりで愚痴った。

「チャイナの連中は潜伏してて接触が難航してるしねぇ。地元の組織みたいな警察との関係を築く気なんかさらさら無いしね…まぁ証拠さえ出れば切り崩せるんだが。県警は殺人よりも麻取との協力でDTのルートを排除する方が先決らしかったけど、この殺人の線がルートの解明に関わる案件とわかってからは人員が多少増えてるよ」

 塚本さんはもう十分ですと言って、遺体の見分は終了となった。