僕はその後、佳彦の図書館に行くのをやめた。そして佳彦はもう二度と僕に逢うことはなかった。

 佳彦が最後に僕を送ってくれた時、彼はこんなことを言った。

「君が刑事か法医学者だったら、迷宮入りの事件とか冤罪は減るんだろうな…」

 そんなことを言われたことも、ましてや考えたこともなかったので、変なこと言うな、と思った。

「でも、自殺者のたびに身体が疼いて捜査になんないかもね」
「あ、それはあり得ます」
「本物を見たことある?」
「いいえ」
「僕はある。葬式に出る機会が何回かあったからね。でも病死の遺体だけだ」

 それを聞いた時に僕はひとつの疑問を持った。写真ではなく、本物の屍体を見て、僕はどういう反応をするんだろう? 僕は本物の屍体を見たい、と思った。それを思うことで、殺されたいという欲望を忘れたかった。佳彦のことも忘れたかった。生きた人間を忘れたいなどと思っている自分を、とても異常に感じた。僕にとって初めての経験だった。初めてのことを沢山感じさせて去っていく際に、佳彦は法医学という進路の種子をその時に僕という腐葉土に撒いていった。